短編

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 ガラテア=バロックがアルヴァに来たという一報は、実はかなりの大事であったらしい。
 稀代の天才画家に師事したいという手紙が、絵画協会を通してルートヴィヒに大量に送られていた。

「弟子の採用、どうするかは貴公らに任せる」

「助かります、まだ体制も整っておりません」

 工房の経理係は五体満足ではなく、仕事量が尋常ではないために日に日に顔色が悪くなっていく。
 弟子たちも事務作業を手伝ってはいるのだが、それに加え師の世話もせねばならない。

「工房という呈で会社にしたほうがよいな。
前々から考えてはいたが、絵画協会は芸術品を眺めていたいだけの連中ばかりで、画家の育成や援助などは貴族の仕事と思い込んでいる」

 アルヴァでは戦うことが王侯貴族の務めであり、少し前の世代であれば、ルートヴィヒのように美術に関心がある者は軟弱者とそしられた。

 だがそんな時代は終わった。北方を除けば侵略する土地はない。以降、国が発展するには資本での競争となる。

 アルヴァの商人といえば、ポチテカ商会、教会の経営する金の杖商会。そしてルートヴィヒが筆頭株主となっているイチェット貿易会社だ。

 ポチテカ商会は一民族の経営であるし、主な収入源が戦争による特需だ。この商会は時代の波にのまれそのうち消えるだろう。

 金の杖商会は、教会施設を飾るための石材や鉱物は安く卸してくれる。だが教会に依頼を優先され、王子の後援を受けられなくなってしまう。

 となれば、言外に王子はイチェット貿易会社にユニオを差し出せと命じている。

(王子はあくまで支援者だ。イチェットの商人はどこまで信用できる?)

 ユニオ本人はどこでも侮られてしまうだろう。海千山千の商人たちが、高い技術を持った馬鹿をただ甘やかすわけがない。

「イチェット貿易の子会社とするならば、権利をガラテア=バロックに。絵画の制作、技法、それらも権利化し、取引していただかねばーー」

 執務机の王子が、署名の手を止めて立ち上がった。当然だ、ここまで言ったのだから怒りを買う。
 だがシャル・キンに失うものなどない。ここで死んででも、工房の者たちのために食らいついておかねばならぬ。

 ルートヴィヒが執務室の扉を開けると、今にも入室しようとしていた禍令がいた。その隣には件のユニオも。

「本当に我が城の警備はどうなっているのか」

「そんな、わたくしは旦那様の卑しい性奴隷ですよう。この国のことになんて興味ありません」

「たまに本気で殺意が湧く」

「ああんそんな、愛の告白!それはさておき、このこが愛しいお兄さんを探していたので案内してさしあげました」

「にいやー、あのね」

 一国の王子の脇をするりと抜け、まっすぐにシャル・キンのところに向かうユニオ。

「可愛いですねえ。味見してもよろしいですか?」

 ユニオが見ていないことを確認し、ルートヴィヒはとりあえず魔女の頭を掴んで、膝蹴りを喰らわせた。

 シャル・キンに言われずとも、ガラテア=バロックが純粋すぎることは手紙でのやり取りで理解している。無力な青年を、もう二度と浅ましい大人の喰い物にはさせまいという、痛々しいまでのシャル・キンの誓いも。
 
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