短編

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「でっでは、聖ナハティガル様は、ご存命で……」

 エンディミオの容態を話す流れで、致命傷を負った王を治療したはどんな人物か。
 ルートヴィヒはなんとなく言ってみただけだが、意外にもエマヌエルの食いつきがいい。

「現人神にも等しいあのお方が、生きてそれも、王陛下の命をお救いくださるとは……これが、世界のお導きなのですね。ああ、偉大なるオメテオトル様……」

 感動のあまり手を合わせ祈る様に、ルートヴィヒは真の信仰者とはこういったものかと感心した。王子はあくまで学問としての宗教を知っているだけで、信仰心など微塵もない。

「ベリオールは神への信仰のみで、聖者は対象外と思っていた」

「いいえ、聖者様はどの方も、神の奇跡の体現者……。聖者様に倣い、贖罪と祈りを捧げることが、ベリオールの生き方です。
ですが、私は、この世でもっとも素晴らしいのは、預言者フリードリヒ様であると、思っています……」

 王族であるがゆえに教会に属さず、ゆえに列聖されてはいない。
 だがほとんどの教会信者にとって、王家の呪いと解いた預言者は近年、聖者をはるかに越える人気を誇る。

「フリードリヒ様の伝記はすべて読みましたが、そのどれもが波乱に満ちていて、なお慈悲深い預言者さまの行動には、感銘を受けます」

 命じられたベリアルが、その伝記とやらをどさどさと卓に積む。
 教会が発行したものから、よく知らない作家の眉唾ものまで、実に様々だ。

 なんでも読むルートヴィヒも、嘘くさい伝記や、偏った思考で書かれた歴史書などは手を出さない。

「白の樹海の魔物から王家を解放したことは有名ですが、それだけではなく、預言で数々の紛争や疫病を予知しそれらを防いだりなどまさに聖者にふさわしい数々の功績に――」

「なんて?」

「ヘルガ様に追い詰められた王陛下を聖なるお力でお守りしたり、城に侵入した北方の暗殺者をすぐさま探し当て見つけ次第鉄拳制裁で被害を抑えたりとか――」

「剛崎将軍が混じっているな」

 あんまりな内容の数々に、ルートヴィヒは気が滅入る。
 だがエマヌエルがやけに饒舌に熱く語るものだから、指摘するのははばかられた。

(呪いで失墜した王族への求心力を集めるためか。内容の精査などされてはいない)「親族への許可〜……」

 ほとんど不敬に近いが、それでも必要だったのだ、民衆の関心を王宮に取り戻すためには。

(そういった意味では父は正しかった。教会権力に取り込まれず、かつ信者からの好意を得るならば城から出さないという荒業しかない。私もいずれはこの選択肢を取るだろうか)

「あの、殿下……申し訳ありません、長々と」

「構わない」

「預言者さまがおられなかったら、私はきっと王陛下を……。ですから、私にとって預言者さまはほんとうの、救いの主なのです」

 その言葉に、ルートヴィヒはすこし動揺した。どう返すべきか、口元に手をあて考え込む。
 救いだと、ルートヴィヒはそうは思わない。預言は確かにフリードリヒを消耗させ、結果は眼前に魔王がいる。

 いまだになにが正しいのか、正解か、わからないのだ。迷う間にも魔王は魔女らと通じ、王子の知らぬなにかを推し進めている。

(魔王なら母と同じく、あるいはそれ以上の預言が……いや歴王の轍を踏んではならない)

「ええと……殿下が望まれるのであらば、私も神の預言を――」

「私が、そのような、愚か者に見えるのか」

 まるで考えを読まれたような魔王の言葉に、ルートヴィヒは思わず低い声で反論した。
 表情こそ変わらないが、硬い声音と言い聞かせるようなゆっくりとした話方に、本気の怒りを感じ、エマヌエルは慌てて謝罪した。

「もっ、申し訳、ありません!浅はかでした……深くお詫びいたします。二度と、かような愚蒙な問はいたし、ません……」

 涙声で必死に謝るエマヌエルに、ルートヴィヒは内心やってしまったと後悔した。図星をつかれて怒るなど、王族として恥ずべき行為だ。

 エマヌエルの顎をすくい顔をあげさせ、怒っていないと示す。

「こちらこそすまない。少し驚いただけだ、短慮であった」

「い、いえ……御慈悲に、感謝いたします。……お願いします、嫌わないで、ください……」

 王子の手にすがってぐずぐずと泣くエマヌエル。どうしてこうなってしまうのだろうか、どうあってもうまくいかないのだろうか。
 ルートヴィヒはもう片方の手でエマヌエルの頭を撫で、自分は彼の救いにはなれないのだと痛感した。
 
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