短編
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その晩、ロメンラル辺境伯の屋敷はにわかに騒がしくなった。
仕事で五日ほど留守にしていた伯爵が帰ってきたと思ったら、肩からひどく出血していた。
矢を受けたのだろうか、矢じりを抜くために短剣で傷口を開いたようだ。布できつく縛ってはいるものの、失血による体温の低下が何より危険だ。
おぼつかない足取りのフランツを、侍従たちが支えてなんとか主人の寝室に運ぶ。
ただならぬ雰囲気を察知してか、伯爵の妻であるラウラも入ってきた。夫がいない時は猫を眺めるか、椅子に座ったまま人形のように動かず過ごす彼女に、話しかけようとする召使いはいない。
「伯爵さま、伯爵さま。生きて、おられますか……?」
湯を持ってきた侍従に、ラウラは自ら看病を引き受けた。
「いや、いい……自分で、やろう」
「いいえ、おまかせ、ください。傷を縫うのも、できます」
周囲が何か言う前に、ラウラは蝋燭の火で針を炙り、糸を通す。
フランツは生きた心地がしなかった。彼女は自分が愛されているという実感を得るために、そのつもりが無くとも他人を死に向かわせる。
もちろん自分の命が危ぶまれば、フランツは妻を手にかけることも覚悟の上だが、あいにくラウラは子を宿していた。
正直に言って、跡継ぎは欲しい。養子のあてもないし、今後べつの結婚相手ができる気もしない。
ラウラは焦る様子もなく傷を縫い、糸を括る。もっと手早くやってほしいところだが、丁寧に縫うている。
「……体に、障る。戻りなさい」
床に跪いて、寝台の主人をじっと見つめるラウラ。寝ている隙に何かされるのではないかと、フランツは気が気でない。
「うんと……ここで、伯爵さまを、見ています」
うつろな藍の眼は、どこか惑うているようにも伺える。ラウラなりに、夫の負傷が衝撃的だったのだろう。
「わたくしは、伯爵さまが、いなくなったら、もう何も、ないのです」
「……君に、そう言われるとは」
「だから、お側に、おります……ずっと」
ラウラが他人を心配している、そういったことだろうか。とても信じがたいが。
ならば、少しは眠ってもよいのだろうか。フランツは眼を閉じた。