短編

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 その日、ルートヴィヒは父に連れられ謁見の間に赴いていた。
 黒獅子王はあまり謁見というものを重視していない。年端もいかぬ少年から見ても、休むということを知らんのかと問いたくなるほどあちこち動き回る父親は、ただ待つということが嫌いなのだろう。
後にルートヴィヒも同じような人間になってしまうのだが。

 衛兵も従者もおろかいつもなら一緒になんでも行動する妹姫さえ不在。不要な質問には答えてはくれないと知っていても、ルートヴィヒは妹はと聞いた。

「貴様だけが知りえればよい」

 それだけで突き放されてしまう。だがエンディミオにしては応答したほうだ。
 すなわち王位を確実に継承する者だけが知るなにか。双子なのだから、本来継承権は同等であるが、やはりどうしても男子が優先される。

 そのわりにエンディミオは双子を引き離したりなどはせず、王女に武術も政治も叩き込んでいる。そこまで目をかけている妹を連れず、だけでなく恐らくは周囲の近しい者たちにも知らせてはいないだろう。

 エンディミオは玉座を通り過ぎ、壁の端から床の敷物を引っ剥がすよう王子に指示した。疑問を挟んでも仕方ないため、ルートヴィヒは言われるがまま敷物の端を持つ。
 玉座の裏側まで剥がすと床に小さく、教会の聖印が刻まれていた。

 エンディミオは懐から瀟洒な装飾のついた、儀礼用の小刀を取り出す。
 隻腕の王はそれを息子に持たせた。細工のされた小刀で、柄尻から針を出し、その針を刃と柄の間に差し込んで刀身を抜く。すると中から金めっきされた鍵が出てきた。

「これは常に私の寝所にある」

 エンディミオは鍵を持ち、床の穴に差し込む。いくらなんでもわかりやすすぎる、とルートヴィヒは思った。つまりこれは隠蔽しているのではなく、万が一王家や国が滅んでも、誰かが容易に発見できるようにだ。あるいは、教会の者が。

 大人が数人、横並びに入れそうな大きな扉を開けて、地下への階段を降る。だがすぐに壁に行き当たる。

「……“赤色十字の騎士”。それがこの中にある」

「……? どう理解せよと」

「この単語を誰に聞かれても黙せよ。私と貴様、そして宗主以外の者が口にした場合、即刻で首を刎ねろ」

 そこまで守秘する肝心のそれは宝物なのか、文書なのか。ルートヴィヒが父親の顔を覗うと、憎々しげに扉を見ていた。

「アルヴァ王家が継ぐ、この世で最も無意味な物だ。神学に傾倒する貴様であらば、近く理解するだろう」

 短くはっきりとした物言いをするエンディミオにしては、言い淀んでいた。年若い息子に、このくだらない真実を伝えたものか、迷っている。

 知ればこの世界の何もかもが嫌になるだろう。生まれさえ呪いたくなる、実際にエンディミオは自分で王家が絶えても良いとさえ思っていた。
 それが今や子どもをもうけ、自身の全てを継がせようとしているのだから、結局のところ未来のことは誰にも解らないのだろう。神に強大な力を与えられた預言者にさえだ。

「ここまでだ。戻るぞ」

 これ以上ここにいたくはなかった。エンディミオは踵を返し、暗がりの階段を足早に上がった。
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