短編

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 遅れに遅れていた聖堂建設がようやく完成を見せ、その式典にフリードリヒは出席していた。
 まだ神の寵愛を受ける預言者ということになっているため、教会関係の仕事はフリードリヒに割り振られることが多い。

「いかがですこの素晴らしい設計。幾度も討論を重ね、建設計画を練り直した甲斐があります」

「はえー、すっごい」

 おざなりにすぎる返事だが、王妃を案内する司祭は、素晴らしいできの聖堂に夢中になっている。

 たしかに非の打ち所ない美しい空間だ。だがこだわりをもって建造された聖堂は、かさんだ費用のために王の怒りをかっている。
 その証拠にエンディミオは式典を欠席しているうえ、王妃にも接客や演説は不要、ただ座っていろと命じる始末。

 所蔵される美術品の展覧、今後の行事予定確認、常勤する司祭や修道士の紹介をされ、疲れきった頃に、祭壇に上がるよう言われる。

「預言者さまに、折り入ってお願いがあるのですが……」

「ふえ」

「この祭壇に、神を降ろしていただきたいのです。完成したばかりの聖堂には、まだ守護がありませぬ」

「えー、そんなこと、やったことないのですが」

「本来は神子さま、あるいは我らが宗主の役割です。ですが今、教会には神と対話できる神子さまはおりません。
ぜひにも、預言者フリードリヒ様のお力を、神のご威光を!」

「そ、宗主さまに頼んだほうがよいのではー?」

「……お恥ずかしながら、宗主は神を認めることができないのです。
そのために、民間信仰の司祭や巫師(ふし)から侮られております」

 教会の権威を増すために、預言の王妃を利用すると、隠すこともなく大声で言ってのけた。
 この世で唯一の預言者であり、王家の呪いを打破したフリードリヒという人物は、古い信仰を守り続ける者たちからも尊敬の念を集めている。

 王国と教会の関係をさらに深めるためだ、と言われては、フリードリヒも国のためなら、と祭壇に上がる。

 祭壇にはみずみずしい果実や、きれいに血抜きされた山羊の肉などが捧げられている。
 中央の木簡には、創世神の名前が彫られていた。

「んと、この神さまに呼びかければいいの?」

『無駄だ。夢見る父が目覚めることはないし、待つ母が生者に慈悲を垂れるわけがない』

 鵲が祭壇にあがり、がちゃがちゃと鳴く。勝手に山羊肉をついばんでしまう鵲を、フリードリヒが捕まえて止める。

「テスカトリポカ様、どうして無駄なのです?」

『ここに求めるものが顕現するには、条件がある。現状それらが満たされてはいない』

「どうあっても、だめなのですかー」

『まだその時ではないということだ。千年は待つというなら話は別だが』

 虚空に向かってお喋りする王妃を、司祭らは期待を込めた目で見守る。
 会話の内容はとてつもなく中身のない、つまらないものだから、フリードリヒは聞き取られないよう、声音をひそめる。

『しかし、完成したばかりの祭壇というのは魅力的だ。おう平和の君主よ、見るがいい』

 鵲が首をもたげる。導かれるままに天井を見上げると、大小さまざまな種類の鳥が羽ばたいている。

『どいつもこいつも、人の信仰を得ようと必死だな。求められれば与えられるべきというに』

「神様は、いつも僕たちのそばにいるのですね……」

『人の子はいつも我らのそばにいるからだ。
ーー気が変わった。わたしこそこの祭壇の贄を喰らうに相応しい!』

「え」

 鵲が舞い上がり、ほかの鳥をつつき、鉤爪でひっかく。
 ぎゃーぎゃー騒がしいし、羽がまき散らされ、血がフリードリヒの顔に飛ぶ。
 地獄絵図なのだが、周囲の司祭らには、王妃が天を仰いで祈っているようにしか見えていない。

『よっしゃー!わたしの勝利!見たかこれぞ我が力ぁ!』

 テスカトリポカが真の姿を顕し、黒曜石の爪で鳥をくびり殺すさまは、神聖とはほど遠い。
 戦神は祭壇にどっかと座り、勝利の山羊肉を食べている。

『よしよし、この地と民にわたしの力を与えよう。戦の勝利と渇望、強さを求める者に人を越える力を授ける』

「あちょっと神様ぽいかも」

『つぎの贄は健康な男子の皮膚を要求する!
さあ平和の君主よ、人の子らに伝えるのだ』

「うん、だめだこれ」

 司祭らが、神は降りたかどうか聞いてくる。王妃は迷った末に、降臨はしたと伝えた。

「おお、さすがは預言者さま。して神はなんと?」

「んと、えっと、かわ、をくれたら、もっといいことあるよーって」

 かわってなんだろうという議論をはじめた司祭らをいいことに、フリードリヒは鵲を回収し、侍従に疲れたから休みたいと言った。



 後日、厄介な戦神を降ろされたと知った宗主が祭壇を破壊し、費用がさらにたてこんで黒獅子王と争いを繰り広げるのは別の話。
 
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