短編

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トロイメライ./Schweigen_β




 ロメンラル辺境伯フランツ・ケーフィンは、一人の人間の死骸を無言で見下ろしていた。

 国境付近に広がる、リウォイン国内最大規模の墓地、メッシュード共同墓地。
 名君も乞食も野良犬も、ここでは平等に葬られる。故に様々な縁の死体が運ばれ、あるいは棄てられる。

 墓を掘るのはただ一人。たった一人が、飽きもせずに屍と戯れていた。
 その唯一の墓掘り人夫が、地面にうつ伏せに転がっていた。首の無い遺体という形で。

 フランツは落ち着き払って膝をつき、死体を検分した。
 首の切断面は実に慣れた手に見えたが、剣の切れ味は良いとは言えない。

 現在のリウォインに普及している剣に、成人男性の首を一刀両断できる業物は存在しない。

 死体を転がすと案の定、胸と腹に刺し傷。殺害者は墓掘りを正面から殺し、首を切って持ち帰ったのだろう。

 この墓掘りが下賎な一般人であらば、フランツはここまで気に留めない。
 死体となってどれほど時間が経ったか見ようとした時だ、墓掘りが住まいにしているあばら屋から、木戸の開閉する音がした。

 フランツは死体を元に戻し、今来たとばかりに墓地入り口のアーチ下に行く。
 連れていた息子に黙っているよう言いつけ、フランツは帽子を目深にかぶり直す。幸い今日は積雪が無く、足跡は目立たない。

 あばら屋から出てきたのは、体格の良い男だった。
 纏う気迫は軍人のそれ――フランツはさも田舎から墓参りに来た郷士を装い、控えめに会釈した。そして初めて死体を見たかのように、喉の奥で唸る。

「失敬、何用でこちらに」

 相手が話しかけてきた。武骨な手には紙きれを握り、腰には国軍支給の軍刀を帯びている。

「いえ、古い友人が馬車に轢かれ、不吉だということでこちらに葬られたと聞いて……貴方は墓地の管理人ですかな」

「いやいや滅相も無い。私も貴方と同じく、墓参りですよ。全く墓掘りは何処へ行ったやら、そこに遺体があるのに」

 フランツが倹約家で、古めかしい服装をしていたことが役立った。
 だいぶ昔に買ったトンビ外套は、袖の釦は取れ、繕った痕が見える。靴は知人からの貰い物だ。

 その姿は辺境伯になど到底見えず、まるで貧乏な田舎郷士か、たまに贅沢ができる小金のある学者といったところか。――とにかく、正体を隠して探りを入れるに最適であった。
 
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