短編
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家財道具のほとんどが運び出されるさまを眺め、私は本日何度目かもわからぬ溜め息をついた。
先月の隣国の侵攻により砦を落とされ、本国の軍の救援により土地まで奪われることはなかったが、出費に出費が重なり、ついに我が家は首が回らなくなった。というか本国の兵士の“ヤンチャ”が酷すぎて、それの補填や謝罪がだな……!
「いや〜あっはっはなんもないですねえこのおうち」
「呑気だな君は」
「笑うしかないですよこんなの。笑うしか」
私の隣で笑う妻は、腹をかかえて大きく笑う。たしかにさめざめと泣かれるよりはいいかもしれないが、彼は自身の家からもってきた馬や、自身の髪も金になるからと売ってしまった。
ざんばらに刈り上げた頭部を見るのが痛ましく、帽子をかぶせようにも、これも売ろうぜ! と彼は金に変えてしまった。
「お願いだから、もう少し自分を大事に……」
「それ旦那様にそのまま返しますね。砦が落ちそうなときに逃げるべきだったんですよ、最後まで戦ったからこんな大損を」
「そんなわけにはいかない。貴族の義務というものがある」
はいはい、と妻は使用人のいない厨房に向かう。床下の倉庫をあさり、腸詰めや燻製を出していく。
「実はこっそりせっせと作っては、売っていたのです」
「な、なぜそんなことを……君にだって財産はあったろうに」
今現在を除けば、妻に苦労をさせてはいなかったはずだ。欲しがるものがあれば品質の良いものを買い与え、不自由のないように。
「それはそれでこれはこれ。やっぱりねえ旦那様、この世は金ですよ金ェ」
妻は顔をニタリと歪ませ笑う。貴族の伴侶としての顔でない、商人としての顔。
彼は南方商人ギルドの長の息子だ。どんどん勢力を拡大していく商人ギルドを抑え込みたい国と、貴族との親族関係がほしいギルド長の思惑が合致した結婚だ。
「顔、顔、気をつけなさいと」
「おっと、すみません」
私は妻のこの表情があまり好きではない。彼の父親からは、息子は守銭奴のきらいがあるからバンバンしつけ直してほしいと言われた。
数年かけて彼を我が一族に相応しい、マナーや教養を身に着けさせたというに――
「ケツの毛までむしり取られましたけど、食糧や備蓄は、生きるのに最低限必要だからと奪われませんでしたねえ」
「言葉が汚い……!」
「おっと、おしりのおけけまでとられましたね。とにかくしばらくはこれを売りましょう!
あとこっそり狩猟用の森に作った養蜂もいい感じです」
「私の屋敷の庭を改造しないでもらえないかな!?」
「いやいや、私が木材とか買っていた時点で気づいてくださいよお。
まずは種金を作りましょう」
「投資ということか……だが没落した私には信用がない」
「そうですかあ? 旦那様は領民からの好感度も高いですし、他の貴族から嫌われているわけでもない。まあいざとなれば札束でビンタすりゃいいんですよお」
「いいわけないだろう!」
かなり無理をしているだけで、彼もこの状況に混乱しているのではないだろうか。私は今更気づいたことに後悔した。妻の両肩をつかみ、しかと目を合わせる。
「君にこんな苦労をさせて、本当にすまないと思っている。だが貴族として、いいや君の夫として誓おう、必ずやこの家を再興し、君を世界一幸せにしてみせると」
「だっ……あ、あ……ひゃ、はひ……」
真剣な言葉が伝わったか、いつもの慎ましく穏やかな妻に戻ってくれた。
「あ、あの、おれ、じゃなくて私っ、おんもに行って荷馬車引っ張ってきますうううう!」
彼のひたむきな様を見ていると、なんとかなりそうな気がしてくるから不思議だ。 私も頑張らないといけないな、と身が引き締まる。
それはともかく荷馬車引っ張ってこなくていい。ロバ借りるから……!