短編

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 砦の門番だった俺は、敵国のけしかけてきた闇の魔獣を殺し、その血を浴びたことで身体が生きながら腐る呪いを受けてしまった。

 巡礼の神仕えによれば、魔を操る魔女の血を浴びれば、呪いは解けるという。
 旅人たちの噂を頼りに、俺は苔むした森に入った。

 沼だろうが、かまわず進み魔女とやらの手がかりを探す。いつでも殺せるように山刀を片手に。

 俺は息も絶え絶えだったが、目前で蛇の抜け殻を拾っているガキはきちんと見えた。抜け殻の匂いを嗅いで、満足げに袋に入れているそいつを、何故か魔女と直感した。

「お、まえが、魔女か……」

「え」

 もたつく足を叱咤し、山刀を振り上げた、瞬間、横あいから大鹿が向かってきた。突然のことになす術なく、俺は大鹿の角に脇腹をえぐられ、宙に放られた。

「ぐえっ!?」

「あ、あー……鹿先輩やりすぎですよ」




 異臭が鼻を刺す。うっすらと目を開くと、魔女が釜で何かをかき混ぜている。
 ぶつ切りにした蛇の抜け殻や、熊の毛、濁った沼の水などを入れている。それを円型に移し、石窯に入れて焼いている。

「おー、目を覚ました。死んでなくてよかったですね」

「……お前は、沼の、魔女、か」

「ここには最近移り住んだのですよ。あなたは旅人?」

 説明するのが億劫だ。俺は床から起き上がり、包帯を取って腐った部分を見せた。

「お前の血が……必要だ。全てとは言わない……少し、分けてくれ」

「んー……その呪いはちょっとの血じゃあ無理ですね。焼けたから待って」

 魔女は窯から焼いていたブツを取り、型から抜く。薄茶色のそれに泥を塗り、小石を埋める。魔女が呪文を唱えると、たちまちに色が変わり、紫色のすぐりのケーキになった。

「はいどーぞ」

「……いや、どうしてそうなる」

 先程まで土の塊だったそれを、食い物と認識したくはない。幻覚の一種か?だが甘い香りが、俺の腹を殴るように刺激する。
 凄まじい腐臭と、取っても取ってもわいてくる蛆のせいで街に入れなかったため、飯などろくに食っていない。

「ぼくは何を作ってもお菓子になっちゃう、お菓子の魔女なんですよ。飢饉の時はどうぞよろしく」

 食欲に抗えず、食叉を取ってケーキに入れる。しっとりとした生地はぼろぼろに崩れたりしない。一口食うと、中で柔らかいマシマロがとろけた。

「……うまい」

「それはよかった。じゃあ呪いの話をしよう。
たしかに魔女の血はいるけれど、正確には体液です。汗でも尿でも」

「……」

 正直嫌だが、この無害な魔女を殺すよりはマシだろう。それでもいい、と改めて頼むと、魔女は俺の腐敗した部分に顔を寄せ、匂いを嗅ぐ。ついでに腐肉に指を突っ込む。

「痛くないってことは、まずいですなー。でも食べれるなら中身は無事です」

「そ、んなに……ひどいのか」

「こんな酷い呪いを考える奴の気がしれないですよ。ぼくは嫌がらせの呪いができなくて爪弾き者だけど、お菓子の方が楽しいしね」

 そう言って、魔女は俺の腐った片手を舐めはじめた。

「た……体液ってそういう……」

「これだけ侵蝕していると、ぼく一人の血では足りんのですよ。でも唾液なら長くかかるけど確実だし、我慢してください。ぺろぺろ」

「えっと……尿とかでも……構わないぞ?」

「うそっやだぁへんたーい!」

 身も心もぼろぼろになった。
 
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