短編

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 早朝から鹿狩りに出ると言ったローレンツが、夕方に差し掛かりそうな時間になっても戻らない。
 リウォインは宵の明星が出ればあっという間に暗くなってしまう。闇の中の山は大変に危険だ。アレックスは寒さを我慢して外に出た。

「何をしている、戻りなさい」

 その行動を義父フランツが咎めた。それでもアレックスがすぐそこまでだと言うと、刃のような鈍色の眼を細め、屋敷の扉を閉じた。

 森林に入ったこともなければ、山刀を持ったことすらない。そんな自分が心配をしたところで無意味なのはよく解ってはいる。

 アレックスが暮らしていた国境沿いの領地とは違い、ロメンラルは山間の僻地。同じ国とは思えぬほど、風は凍える。
 真冬となればろくに家からは出られず、短い春を待つだけの、ただ侘しい日々を送るのだ。

 厳冬を乗り越えるためにも、若い男はすすんで山に入り、狩猟に精を出す。

「あ?なにしてんの」

 牡鹿を背負い、それよりも二回りほど小さい若い鹿を引きずって、ローレンツが現れた。
 帰るのが遅れたのは、単に成果が重かっただけのようだ。

 彼は軍人となってからますます精悍に成長し、辺境の稼ぎ頭として領民からも畏敬の念を持たれている。
 ただローレンツは友人など作らない質であるために、自身の評価は知らぬであろうが――。

「手伝えないんなら、さっさと家に戻ったらー?
こんなこともできないなんて困っちゃうにゃー」

 語尾がふざけているときは、おおかた心にもないことを言っている。ローレンツにとって、兄などいてもいなくても大したことではない。

 早々と獲物を解体していく姿に、アレックスは気が引けた。
 同じリウォイン人でも銀の髪の人種とは違い、赤髪人種はあまり体が丈夫ではない。青白い肌は雪焼けに弱く、幼少期はよく熱を出していた。

 ゆえに赤髪の子供は昔から好まれない。
 特にアレックスの生まれ故郷では、赤髪の墓掘り人夫が幅を利かせていたものだから、陰ながらではあるが後ろ指をさされていた。

「俺、フリッツと猫たち以外の世話するつもりないんだけど、はやく家に戻れよ」

「まったく、お前がいないときは誰が猫の世話をしていると……」

「だってー父上はそーゆーの雑だしー」

「お前が拾ったんだから、自分でやるべきだと仰っている」

「じゃー軍に行かせんなって。まったく父上はさーそういうとこ」

 しょうもない会話をしているうちに、解体は終わった。片付けや肉の保存を下働きに任せ、ローレンツは手の血を拭いつ、裏口から屋敷に入る。

「そういう意味では信頼してるかなって。ちゃんとフリッツにご飯やってよ」

「言われずとも、そうしている」

 それこそ自分がここにいる意味だと、言うことはない。
 
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