短編

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 ユニオは床に紙を拡げ、素描をしていた。
 工房ではなく客間であるため、油や顔料を出すわけにはいかない。
 花束を手に踊る美の女神を、すばやく正確に描いていく。

「あっ止まって」

 急な指示にも、アフロディテは従った。花束を掲げ、片足を上げた体勢は明らかに無理があるが、人間でないのをいいことにユニオは容赦しない。

「ん、いいよ」

 描いては放り投げられる紙を弟子たちが回収していく。素描も大事な作品のひとつであるうえ、それは雇い主である王子のものでもあるのだ。

「なんかあ、もっとお、面白い感じの、うう〜」

 試行錯誤する師の邪魔はできないと、弟子たちは見守る。素描を見ては、ああだこうだと議論する。

「はあなるほど、あなたが件のお坊ちゃまですか」

 許可もなく、性別がよくわからない葦弥騨人が窓から入ってきた。
 客にしては不躾に、ユニオの両頬を手ですくい、じっと見つめる。

「わたくしはアザゼルに似せたこの姿が、この世でもっとも美しいものだと思っていましたが……すこし修正する必要があるやもしれませんね」

「おじさんだれえ」

「そうなると身体のほうが気になりますねえ、気になるう。
ちょちょっと見せてください先っちょだけ先っちょだけだからッ」

「ち、痴漢だぁあ!シャル・キンこっちだ、痴漢が出たー!」



 幸い弟子のなかに元暗殺者だの元兵士だのがいたため、変態の一人ぐらいなら制圧できた。

 拷問に慣れているシャル・キンが変態の頭を踏みつけ、杖で尻を打ち据える。
 普通の人間ならばあまりのみじめさに許しを請うものだが、この変態は嬌声あげては弟子たちをげんなりさせた。

「これは……本物だな」

「何が?」

「本物の変態だ」

「シャル・キンお前、具合悪いのか?」

「違う。性的被害を受けたのちに「自分は酷い目に遭っていない」と思い込むために性的に奔放になる、その酷いものだ。
とはいえこいつは何もせず悪化したな」

「んんん、付け焼き刃の精神鑑定で人を判断しようなど、愚かですねえ無意味です。
ということなのでもっと!強く!しばいてくださいなっ!」

 あまりにひどいと、ユニオは部屋から出された。
 そしてようやく兵士と王子が現れた。城の防衛を突破して侵入したのだから、物々しい雰囲気だ。

 ルートヴィヒはシャル・キンから杖を借り、大きく振り上げた。そして焦らすように止める。変態が期待するような目で王子を見つめる。

「そおい」

「ぐはっ!」

 刹那、思い切り振り下ろされ、破砕音と短い悲鳴が上がった。恐ろしいことに榛(はしばみ)製の丈夫な杖が一撃で折れてしまった。

「すまない、新しいものをすぐに用意しよう」

 折れた杖を兵士に渡し、王子は変態の首根っこ掴んで引きずる。

「おおぉああ旦那さまあぁぁさすがですうう……腰、腰の骨がぁぁあ」

「また来たら無視を決め込むことだ。すぐに飽きるだろう」

 すごい国に来ちゃったなあと、工房の弟子たちは途方に暮れた。
 
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