短編
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「無意義なことをして何になる」
ほとんど眼が見えないはずの王妃は、なぜか新品の日録をひろげて何か書き込んでいる。
だが書かれているのは文字とは程遠い、つたない落書きのようだ。
「えっあ、んと」
王から預言を書き留めることを禁止されているため、この日録も筆記用具も、侍女に無理を言って持ってきてもらった。
預言をしないようにと、代筆をかっていたルートヴィヒも、母と会うことを禁じられる始末。
「これは、なんとなく書きたくてー」
「侍従に代筆させればよい」
「んと、自分でやりたくて……今日は陛下とお話できたので、そう書こうと」
外にでることもできず、近ごろは来客も制限されている。とにかくやることがないのだ。
日録を取り上げ、一通り確認はしてみたが、預言とみられる文章はない。
ろくに字も記せないのであらば、好きにさせても問題ないだろうと、エンディミオは日録を返してやった。
「自分がいかに幸せであったかを、ちゃんと残しておきたいとー、思ったのです」
理解できないというふうな王の表情。そんな気分になったことは無いのかとフリードリヒが聞くと、あまりにぞんざいな言葉が返ってきた。
「くだらぬ。今日までに、生きて幸福と思ったことなど一度もない」
「……ひゃー」
予想よりはるかに衝撃的な言葉だった。どんな人間よりも恵まれた生活と望まれた生を受けながらも、エンディミオという男は徹底的な現実主義者だ。
(僕はなんでこんないろいろとすごい人と結婚してるんだろー)
「その顔は内心で馬鹿にしておるな」
即刻見破られ、すぱんと頭を叩かれる。一応配慮はしてか、若干の力加減はされている。
全く痛くないというのが、こうもかえって不自然に思うとは。内心を複雑に思いながら、フリードリヒは自分の頭をさすった。