短編

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 食うにも困り、娼館の扉を叩く女は多い。わざわざ騙くらかすような勧誘などせずとも、何らかの目的を持って彼女たちは花街を訪れる。


 ある娼婦の紹介で、新しく少女を入れることになった。
 来たもの全てを迎え入れるのが花街というものだが、街の支配者であるジェラルドは必ず商品を確認する。

 若いヨシリピテ人だ。哀れにも真っ青な顔で俯き、怯えている。
 無理もなかろう、眼光鋭いキエンガの男に、上から下まで舐めるように観察されている。
 逃げられないように、部屋の戸は別のキエンガ人が固めている。
 仕事を紹介してやると言って連れてきた親戚の女に、助けを求めるように視線を送るが、意味を為さない。

 つと、ジェラルドは杖で床を突いた。
 苛立ちを抑えきれぬ声で、少女を連れてきた女に問う。

「おい、こいつは同意していないな」

「もうその子は身寄りがないのよ。どうせ行き着く先が同じなら、ここの方がいいじゃない」

「どんな契約ごとにおいても虚偽は許さん。
お前、そうお前は、今いる場所が何なのか分かっているのか」

「……お、おんな、女の、ひとを、うる、ところです……」

「そうだ。お前はこの場で服を全て脱げるか?――無理だろう、そんなことは解っている」

 必死に頭を横に振る少女。新しい娼婦を連れて来た者は、世話係として別途の給金が支払われる。
 殆どは道で立っていたり、物乞いをしている女が連れてこられる。それらに仕事を教える世話係は、あまり客を取れないからだ。それでも女たちは、かつての自分を重ねてしまい、つい声をかけてしまう。

 だが今回は別だ。連れてきた女は薹(とう)が立っており、娼婦としては働いていない。連れ込み宿の飯炊きをしているが、かつての稼ぎと比べれば格段に低い。
 世話係としての給金や、少女をさらに騙して稼ぎを巻き上げようとしたのだろう。

「お前に商品価値は無い。この街から出ていけ」

「そんなひどい事を言わないでおくれ頭取。この子はなんでもするって言ったんだ。
それにどこへ行かせようったって、きっと同じだよ」

「黙れ」

 再度、床を突く。
 怒りを含む低い声に、図々しい女もたじろぐ。

「娼婦をなんだと思っている、ただ身売りするだけの使い捨てできる存在か。
搾取と虚偽を好むならば、他の娼婦窟へこもるがいい」

 ジェラルドが必死に商品価値を高め、女たちを叩き売りしなかったからこそ、レルノ花街は発展できた。絶望し、向上心を失った商品は、何をさせても客を取れないだろう。




「あのね、うちは何でも屋でも、あんたのとこの下取りでもないの。
そりゃ店の相続の時は世話になったけど……」

「いつもすまんな」

 とある宿場の女主人レベッカは、ジェラルドの信頼できる人物だ。
 有無を言わせず、無理矢理にレベッカに貨幣を握らせ、少女を預ける。

「この女主人の言うことをよく聞け。やかましいが、悪いようにはしない」

「やかましくて悪かったね、曽祖父がリウォイン人なんだよ」

 少女は小さな声で礼を言った。それに聞こえないふりをして、ジェラルドは無言で背を向ける。

「まったくあんたから女衒を取ったら、ただの面倒見のいいニーチャンでしかないよ」

「俺が好きでやっているわけがないだろう」

「好きでやっているようにしか見えないね」
 
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