短編
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「伯父上、良い所に」
アレックスは遅い昼食を済ませ、少しゆっくりしようかというときに、廊下を足早に歩くルートヴィヒに呼び止められた。
「エマヌエルが客室にいるのだが、急用ができた。悪いが言伝と、ついでに相手を頼みた「殿下、お急ぎを!」頼みました」
いつもより早口なうえに、侍従に急かされるとは、相当に大変な事案なのだろう。
王子はアレックスの返事も待たず、落ち着かない侍従や臣下と共に会議室へ行ってしまった。
とはいえ、どうしたものか。アレックスは思い悩む。
エマヌエルは王子が来ないと知っても落ち込んだ様子は見せず、言伝に来たアレックスに礼を言ってから、大人しく本を読んでいる。
「座っても?」
「はい、どうぞ」
応接椅子に座り、部屋の隅でひたすら頁を捲るエマヌエルを眺める。
青年はアレックスを無視しているわけではなく、それぞれの領域を尊重しているだけだ。集団生活をする民族は、同じ部屋で他人が何をしようと気にはしない。
「こちらに来てはくれまいか。王子殿下から、君の相手をするように言われている。このままでは、私が殿下からお叱りを受けてしまう」
「それは……気がつきませんでした、今そちらに」
対面に座ったエマヌエルは、じっと相手が話すを待っている。アレックスは困ってしまった。なにせ話題に富んでいるわけでもなく、得意の皮肉を無垢な青年に聞かせるのは毒だ。
「そうだな、何か聞きたいことはあるかい?誰もいないから、殿下のことでもいい」
「そ、それでしたらその……ええと、神憑りの王妃さまのお話を、聞きたいです。
高潔な預言者であり、王家の呪いを払った、まこと神の奇跡の体現者であると、尊敬しております」
(一番聞かれたくない事聞いてくるな、この子は)
「ああ……私は王妃殿下のことについて語る言葉は無い」
「殿下から、王妃さまの御令兄と、お聞きしましたが……」
「いや、血の繋がりはない。私は不敬で家を潰された後、ロメンラル伯爵に引き取られたというだけでね、全くの他人と言ってもよい」
「そ、れは、失礼しました……そのような事情とは知らず……」
信仰者ゆえか、預言の王妃の人格を色々と夢想してはいるようだが、アレックスにとっては憐れでか弱い弟でしかない。
「構わないよ、殿下たちにも色々と聞かれたことだ。ただ言えるとすれば、何事も受け入れる度量はあった。
私も父も、非道い扱いをした。せめて贖いたく、ここに逃れたが……他人の私が一番長く生きている」
「それも世界の導きなれば……アレックス様は王子殿下の助けになっております」
教会と無縁のリウォイン人に信仰による慰めとは、普段ならば皮肉と受け取るが、エマヌエルは真剣だ。
「そういう捉え方も、まあ悪くはない。実際、甥や姪がああも可愛いとは思わなかった」
ゆえにエマヌエルのことも可愛く思ってはいるのだが、アレックスは父に倣って口を閉ざした。
(顔はともかく、性格はあの馬鹿には似なかったか……)