短編
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日中に王妃の部屋を尋ねたエンディミオが見たのは、勉学に励んでいるようで励んでいない妻の姿だった。
「あうう……陛下ぁ、たぁすけてえ」
ついに馬鹿が極まったのか、フリードリヒは本をめくりながら、ペン片手に唸っている。
教師から出た簡単な課題だが、いわゆる読書感想文を書けないでいるらしい。
「そんな物も書けんのか、そなたは」
「だってこれ、何がなんだか、よくわからなくてー」
差し出された本の題名はリブ・ソフィア叙事詩。聖ゾーフィアが書いた、騎士ゲオルギオスの来歴と英雄譚。その文学的価値は高く、いまだ読み継がれる名作とされる。
「原文翻訳か……たしかにそなたには早いな」
共通言語ではない言葉で記された韻文は、研究者が五年かけて訳したほどの難解さを誇る。
単語ひとつとっても、いくつかの説があり、その解説をいちいち読まねば理解が進まない。
「もう少し……いや、これでいいか」
初心者用の、要点だけをまとめた改訂本を渡す。おおまかな流れさえ知れれば、叙事詩の理解は進む。
「はあい……あれ、これ陛下が書いたんですかー」
「だいぶ昔にな。私は端的文章しか書かぬ故、ひねくれた文に頭を使う連中には新鮮であったのだろう」
しかし、エンディミオの箇条書きや命令書に近い翻訳は、実に画期的であった。
要点のみをまとめるというのは至難であり、これは高等教育を受けねばできない。そして受けた者は得てして、難解な世界に染まるというもの。
王の文章は民衆にも解りやすく、実に多く普及した。それを文学の低迷と嘆く者もいるが、結局は誰も読まない文に価値などないというエンディミオの思想が勝った。
「陛下ってー、んと、やっぱりいろいろできるんですねー。すごい」
「そなたは私を、武芸一辺倒と勘違いしているようだな」
「あうう、すみません痛いですー」
妻の頭を掴んで振る。進みようは絶望的であるものの、頑張ってはいるようで、エンディミオはその点だけは褒めてやった。