短編
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ワシの名は新田米造!そろそろ自己紹介のネタも尽きてきたな!
男爵の家で準備をしている間に、男爵やとしおは各領地に手紙を送っていたらしく、としおの味方はものすごい数になっておった。
立派な城の周囲を、たくさんの歩兵が囲っておる。
「何より、ほとんどの魔獣を倒したことが大きいのでしょう。ヨネゾー殿のおかげです」
「皆で倒したんじゃろうが。ワシだけじゃ無理だって」
元々のとしおの人望は篤いが、魔獣とやらでどの兵隊も恐れおののいて抵抗しなかったようじゃ。
「このまま、無血開城となればよいのですが……」
「そうじゃなあ、としおには親類じゃからなあ」
「しかし、魔獣を召喚し操る魔女は、確実に仕留めねば。
そして殿下、残念ながらグルトス公爵は、魔女に操られているわけではありませんぞ。奴は自らの意志で反逆したのです」
「わかっています、私のもとに集まってくれた兵たちのため、間違った判断はしない。……ヨネゾー殿も、来てくれてありがとう、心強いです」
昼用の弁当をいつ食べるか考えるのに忙しく、としおの話はろくすっぽ聞いておらんかった。
「槍隊はロエルザ伯爵につづけ!弓兵は私のもとに来い!
何としても玉座をトゥシオ王子に!反逆者どもに、この国を渡してはならぬ!」
太鼓の音が響き、城門の鉄扉が抵抗もなく開けられた。
「馬鹿な……もぬけの殻だと?」
敵兵など微塵もおらんかった。荒れた庭園を警戒しながら進む。静かすぎて、緊張がかえって高まるのがもう嫌じゃなあ。
「怪鳥シジスベリャもいない……公爵に従う兵はどこへ行ったのか」
広間でとしおを囲って周囲を警戒しておると、獣の唸り声が聞こえてきた。
金のたてがみをした、雄獅子じゃった。本物は初めて見るが、こんなにもデカいのか!
「なっ、新しい魔獣!?」
「そうとも、私の可愛い獣たちをことごとく殺しおって。どれだけ血を使ったと思っておる」
獅子の影から、黒い服の女が現れよった。商売女のようなきわどい格好をしておるが、媚びる仕草も可愛げもないわい。
「おぞましい魔女め!グルトス公爵はどこだ!」
「公爵夫人に対し、なんという口を効くか。王子は私が可愛がるとして……魔獣ボレイオスの牙をとくと知れ」
なぜか兵どもがワシを期待の目で見るが、いやさすがの中国人も獅子の仕留め方は知らんかった!
竦み上がる兵らを見越し、こちらとは色の違う旗を持った隊列が殺到する。
「叔父上!」
「これはトゥシオ王子、よくお戻りになりましたな」
としおよりよっぽど豪勢な服を着た男だ。あれがとしおの叔父か、味方貴族らの顔つきが険しくなった。
「ヨネゾー殿、奥の廊下を走り抜け、突き当たりを右に行ったところに、聖堂があります。そこは魔の力を撥ね退ける聖域……勝機を待ちましょう」
「籠城は嫌いじゃが、それしかないか……としお、危ないっ!」
としおに向かって飛びかかる獅子を見たワシは、うっかり後先考えずとしおを庇った。