短編
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テレビを見ていたら、犬が海を見たいと言い出した。
そういえば、俺の体のせいで遠出したことないし、いい機会かと思って、日帰りで行くことにした。
犬に免許証が与えられるわけでもない。電車とバスを乗り継ぎ、レジャーで有名な浜まで来た。
浜路の停留所でバスを降りると、すぐに海が見える。潮の香りがすごいな。
「うわおおおお!すごいすごい!海だ海だああああ!」
犬が俺と荷物を置いて、だっと走って行った。リードはしていたが、手をすり抜けてしまった。
追いかけずに待つ。追うにも、俺の腕じゃあ荷物は持てないし、犬の躾によくない。
五分も待つと、犬が走って戻ってきた。
「うわあああご主人ごべんなざいぃいー置いて行かないでえええ」
いや、置いて行かれたの俺なんだが。犬の頭を撫でてリードを引くと、泣きべそかいて車椅子を押した。
シートを敷いてパラソルを立てる。倉庫から引っ張り出したけど、まだ使えた。爺様が生きてるうちに来ればよかった。
「遊び行ってきまー!」
まだ許可も出していないのに、犬はシャツと靴を脱いで駆け出した。
「わひゃひゃ……うわあああ、わひゃひゃ……うひゃああ」
犬は海に入ろうにも、波にびびっている。それでも楽しいようで、尻尾振りまくって濡れている。あれ、成犬なんだけどな……。
日焼け止めを塗っていると、全身ずぶ濡れの犬が戻ってきた。腹でも減ったのかと思ったら、いきなり抱えられた。
「ご主人もいっしょに遊ぼー!ちゃぷちゃぷー」
「うわっ、ちょやめろ馬鹿!」
自由のきかない体で水に浸かることの怖さは尋常じゃない!風呂とは訳が違うんだ。これだから外は嫌なのに……!
「大丈夫だよおご主人。私がいるから、ずっといるよー大丈夫」
「そういう問題じゃない!早く上がれって馬鹿!バカ犬っ」
もう本当に怖くて怖くて。俺はひと目もはばからず、バカ犬の首に抱きつく。俺には縋るものが、こいつしかいないと改めて認識した。
「ご主人怖いの?怖いの?ごめんね」
なぐさめなのか、顔を舐められた。ついでに頭も撫でられた。多分、俺の真似だな。
「ご主人と游べないなら、海は楽しくないね」
「せっかく連れてきたのに何だよ……バカ」