短編

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フリリク:微笑むフリに見とれるエンデ(トロイメライ)

「おい、おいどうした」

 王妃の寝室に入った途端、フリードリヒが腰に抱きついて離れない。
 それも無言で。こんなことは今までになく、エンディミオは困惑した。

 寝台まで引きずり、無理矢理に座らせる。王妃は俯いたまま話そうとしない。殴って口を開かせたいところだが、いつもと違う様子に躊躇した。

「言ってみろ。でなくばわからぬ」

 フリードリヒの手元を見ると、握り潰された紙片があった。
 エンディミオは舌打ちした。妃の精神を追い詰める預言を、堅く禁じているというのに、それでもフリードリヒは預言を止めようとしない。

 盲ても、紙とペンを取り上げても尚、王子に代筆をさせてまで何かを探ろうとしている。

 エンディミオは預言の紙片を奪い、手酷く叱った。

「何故そんなにも預言に固執する。私の国が敗北するというのか」

「敗戦よりも……恐ろしいことです。陛下、ああ陛下……この預言を、どうかお許しください」

 預言を読み上げる。それが示唆する出来事を、エンディミオは苦々しく思った。

「私は早々に死なぬ」

「けれども、魔王は……」

 泣きそうな顔で惑う妻を、胸倉を掴んで言いつける。
 元よりエンディミオは、預言などありがたいとは思わなかった。神への信仰心もない。むしろ、王妃を追い込む要因として、忌み嫌ってすらいる。

「預言がなんだというのだ。それがあろうとなかろうと、戦は起こる。人は死ぬ。どちらかの国は負ける。それは戦への布石の結果にすぎぬ」

 戦況を読み、兵を芥の如く扱い、多大な犠牲と投資を行なって、はじめて戦の勝者となる。それを否定する存在を、黒獅子王は許さない。

「少しは抗ってみろ。王家の呪いを解いた者が、私の王妃を名乗るのならば」

 それを聞いたフリードリヒは、俯いてしばし考えた。
 そして何を思ったか。王妃は肌身離さず持ち歩く鏡を、エンディミオに手渡す。

 首から下げるよう金鎖を通された鏡は、曇って何も映さない。

「これは神様の一部です。いつかその時に、陛下をお守りくださいますよう」

「こんなものが、役に立つのか」

「必ずや、陛下のお力添えになるかと……といいなあー」

 やはり所詮はただのがらくたかと、エンディミオは妃の頭をひっぱたいた。
 だが、どんなにめかし込む時も手放すことはなかった鏡だ。王妃にとって何かしら重要な意味を持つのだろう。

 エンディミオは神を知らず、世界の理に逆行し続ける。故に神憑きを信じて行動しようと決心した。

 鏡と預言の紙を握り締め、確かに受け取ったと、懐に入れる。

「ありがとうございます。陛下、どうかご武運を」

 その微笑は恐ろしく儚げで、エンディミオは見惚れると同時、恐ろしくなった。この王妃は、こんな笑い方をする男だったろうか。

「……」

「陛下、あの……うぶふっ」

 衝動的に抱き締めていた。王妃は一瞬驚いたが、すぐに甘えるように頭を擦り付けた。
 
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