短編

□かきちらし
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 海賊稼業には、時として海の怪物退治も入る。

 国軍がやれよという話だが、奴らはえてして臆病者だ。
 まあ俺らにも得はある。実入りは良いし、取り締まりもされずらくなる。それに海賊としての箔がつくというものだ。

 しかし、屈強な海賊連中でも、相手にしない化け物はいる。

 そのうちのひとつがセイレーンだ。
 上半身は人。下半身は鳥類に酷似し、巨大な鳥の翼を持ち、空を翔る。

 恐るべきは、奴らの絶叫のごとき歌声は、船乗りを狂気に引きずり込む。
 制御を失った船は、たちまち海の藻屑になるというわけだ。

「クッソあいつら、馬鹿にしやがって!」

「冷静になれ!狂っちまった奴は気絶させろ。海に飛び込む前にな!」

 セイレーンの歌声はコルクの耳栓をしたところで、効果は薄かった。

 船上空を飛び回る奴らを、拳銃で撃ち落とそうと躍起になる。

「火を焚け!煙を起こすんだ!」

 俺の指示に、調理人が火酒を用いて猛火を起こす。

 思惑どうり、セイレーンどもは煙に混乱し、統率を無くす。
 俺らの弾も当たらなくなるが、元から当たるとは思っちゃいねえ。


 俺は砲台手に命じ、大砲を空撃ちさせた。歌声すら掻き消す轟音に、セイレーンはさらに惑う。

 こいつらは人の手に余る。功を急いで死ぬようなヘマは犯したかねえ。逃走を優先する。

 つと、セイレーンどもが軌道を変えた。あちらが逃げるならば、それで御の字だが、一体だけがさらに進路を変え、船に、いや正確には俺に向かってくる。セイレーンが特攻だと!?

「船長!」

 海風を颯爽と飛ぶだけに、なんて速度だ。避けることも考えず、俺は夢中になって銃を撃った。

 弾丸はセイレーンの翼に当り、奴は失墜。甲板に倒れた。
 上空のセイレーンの群は居ない。こいつは囮になったのか。

「こいつ、手間かけさせやがって!」

「落ち着け殺すな。金儲けの塊だぞ」

 見世物小屋、いや国の研究室かな。とにかくお金様を殺させないよう、部下をたしなめる。

 セイレーンの頭を掴み、顔を上げさせる。
 セイレーンにも雄っているんだな。まだ子どもなのか、表情があどけない。

「ようこそ俺の船に。歓迎してやる」

 俺の皮肉に、仲間が笑う。猿轡を、と言おうとした時、セイレーンが俺に飛びかかる。

「なっ……!」

 攻撃かと思いきや、セイレーンは笑顔で、俺の頬に口づける。

「思ったとおり、素敵な方!」

「……はあ!?」
 
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