短編

□3
3ページ/19ページ

 
「妻が浮気したのは六年前のことだった。
私が彼女の仕事の愚痴を、きちんと聞いてやらなかった事が原因らしい。だが愚痴話しかない家庭など、私は嫌だった。
だから彼女の好きな映画や、旅行の話を振った……だが、それも話を逸らしているふうにしか捉えられなかったらしい。
もちろん、離婚してほしいと言われたよ、慰謝料は払うからと。でも私は絶対に離婚しなかった。それは彼女に対する、ささやかな復讐だろうね。
何度も離婚してと懇願されたよ……土下座なんて初めて見たが、あれは不快なだけだな。
離婚申請の不受理届まで出した私に、妻は自分の両親や友人まで呼んだが、私が真剣にやり直したいと言うと、当然だが彼らは私の味方だ。誰が不倫した先の結婚なんて応援すると思うかね。
やり直したいとは言ったが、子供はいない。むしろ何もしたくないんだ。不思議だろう?孫もいないのに、ずっと我慢してくれた義理の両親には頭が上がらないよ。
それでも離婚したくないんだ。妻に罵られても、懇願されても……しびれを切らした浮気相手が逃げた時は、さすがの彼女も落ち込んでいたが、最近は新婚の頃の妻に戻りつつあるんだ。
先の連休は旅行に行ったんだが、なかなか楽しかったよ。めかしこんだ妻を久々に見れたことが何よりかな、はは。
やはり恋というものは恐ろしいが、素敵だね。
あんなに手放し難かったが、離婚する気になったよ」


「……で、何故にそんな重いことをこっちに赴任してきたばかりの俺に話すんですか、課長」
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ