短編
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この世には真言使いという、宇宙の法則そのものを言葉によって操る一族が存在する。
彼らが消えろと唱えるだけで、対象はただちに無へと帰す。まさに神にも等しい力を持つ者達だ。
彼らは他の部族に敵対しないよう、様々な権力者の伴侶となる。いくら強大な力を持つとしてもその他全人類を敵にまわすほど愚かではなく、また彼らが国に一人いれば脅威として有利に外交に臨めるためだ。
周囲を強国に囲まれた小さな国を継いだばかりの私も、そんなよくあることをした。
「陛下、お后さまがまた……」
「あー……お茶の温度が気にくわないとか、そんなところでしょう」
私の伴侶となった真言の一族の者は、私より年上で、生まれゆえか誇り高く気難しい。
こんな小さな国で、そのうえ王になって日も短い若造に嫁がされたとあっては面白くはないだろう。今日も侍従の出した茶を、椀ごと投げたとか。
「なにかありましたか?寒くはないですか?香を変えさせましょうか」
「……」
気をつかっていろいろ話しかけるが、彼は気怠けに菓子をつまみ、何も発さない。
そも不用意な会話は真言の発動を招きかねないため、彼らは必要なとき以外は話すことはない。
真言使いの一族とは思えぬほどに、彼は丈高で視線も鋭い。槍を振るっているほうが似合うだろう。
それでも彼が後宮にいるようになってから、高圧的な外交官が控えめになった。
私にできるのは、后がなるべく機嫌を損ねないよう、心を配るだけだ。
「王よ、残念なお知らせですが――」
しかし悪いことは重なるもので、侍医は后の喉が潰れていて声が出せないことを宣告した。
おそらくは部族内の権力争いによるものだろう。私は侮られ、はずれを掴まされたのだ。
抗議したいところだが、情けないことに彼を娶るために大金を費やしてしまった。いま真言が使えないと周りの国に漏れては命取り。
「侍医から聞きました。あなたはもう声がでないと」
「……」
「ですがあなたを帰したりなどするつもりはありません。今後とも、ここで暮らしていただければと」
彼の射抜くような視線に耐えられず、私は早々に踵を返した。というに私の服の裾を后が踏み、私は転んでしまう。
ここまで嫌われていたのか、と悲しくなるは一瞬で、私の頭があった宙を矢が飛来し壁に刺さる。
「なっ……!」
状況を理解する前に、后の袖口から針が射出され、石弓を持つ兵士の眼に正確に針が突き立つ。
壁にかかっている剣を取り、后は一振りでならず者の首を撥ねた。
現状を把握できず、ぼうとする私に、后は飾り棚から紙と筆をとり、手早く書いてみせた。
『狙われていることに気づかなんだか、愚か者め』
「た、助けていただき、感謝します……」
彼をここに嫁がせたのは、私を狙う者たちの策謀だと文字は語る。茶碗を投げたのも、毒が混入していたからだとか。
『俺は俺の喉を灼いた一族を皆殺す。ここはその拠点とする』
真言使いになにを無謀なことを、とは言えなかった。彼は真剣な面持ちで、その眼は憎悪に燃えている。
『だが、ここの暮らしは悪くはない、しばらくは真言使いのふりをしてやろう。ついでに暗殺者どもも殺しておいてやる』
それ以外は好きにさせてもらうと書き足し、彼は椅子に座り直す。
私ははずれではなく、とんでもない人物を掴んでしまったのだ。
ところで我が後宮は他国と比べてもかなり慎ましいはずなのだが……彼は少し世間ずれしているのかもしれない。