短編
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「プリンチペ、ディティ見えるの?」
弟子たちの中には兵士くずれや明らかに犯罪行為もやってきたような者もいたが、ユニオだけはどう見てもただの馬鹿であったために、ある程度の自由は許されていた。というか注意を聞くような人間ではなかった。
「ああ、見えている」
ルートヴィヒは挙動不審にならぬよう、見えぬフリをしている。だがユニオはそんなことも知らず、撫でさせてあげようと鵠(くぐい)を抱き上げてうながす。
「にいやとお魚のおばちゃん以外に見えるひとはじめて〜うれしい〜」
「そうか」
「プリンチペッサも見える?」
「エバか、いいや彼女は見えない。
そうだな、貴公とは長い付き合いになりそうであるし、紹介しておこう」
ルートヴィヒはひとり客間を出た。しばらくして一人の青年を伴ってきた。
白いヴェールで顔を隠し、なぜか鎖を引きずっている。ユニオは阿呆だったため、そういう趣味なのだろうと思った。
「エマヌエルだ。彼も神々を見ては言葉を交わすことができる」
「はふーん」
膝の上から動こうとしない鵠をどかすことに苦心しているユニオは、心無い返事をするだけだ。
一方でエマヌエルは画家の美貌に圧倒されて、一歩も動けなかった。
王子や王女も美しいといえる容姿をしているが、眼前の青年はそんなものではない。
金貨のごとき髪、陶磁器のように白い肌、瑠璃のようにきらめく瞳とそれを飾る濡れたまつげ――どれをとっても完成された麗しさだ。
「……ひ、あ」
「エマヌエル」
ルートヴィヒにそつと背中を擦られ、ようやく自分が硬直しきっていたと気づく。
促されて対面に座ると、幻覚ではないのだと思い知らされるばかり。
「ディティどいてーやーおもー」
『私に重さなどないわよ』
見かねたエマヌエルが鵠に手を伸ばすと、仕方ないとばかりに鵠はユニオの膝から降りた。
「貴公の火傷(かしょう)をこの者に治癒させることも可能だが」
「んーん、これがいいの」
たまに包帯をした箇所を擦っているため、ルートヴィヒは申し出てはみたが、本人は我慢できる痛みだと断る。
城内では傷痕のある者がむしろ多く、誰も気にはしないだろう。だがやたら明媚な顔に刻まれた火傷痕はかなりの衝撃がある。
「私ごときが……そんな、お美しい貌に、手をつける、など」
「みんな僕のこときれいって言うけど、そうなの?
髪ならディティが綺麗だし、瞳はにいやの色が好きだなあ」
「え、ええ……とても、見目麗しい、です……その、本当に」
緊張のあまり、声が上ずってしまう。エマヌエルにとって一番美しいのはルートヴィヒだと思っていたが、ユニオはそれを軽々と越えてしまった。
「プリンチペもそうなの?」
「私から見て最も美しいのはエバだ」
即答した王子に、ユニオはふーんと気のない返事。もとより興味のある話題でもなかったのだろう。
だがエマヌエルは内心、それは自分自身のことを言っているようなものではと考えてしまった。
「それって自分のこと好きなのー?」
(言った……!)
恐れ知らずの画家に、エマヌエルはまたも呼吸を忘れてしまった。