短編

□3
34ページ/40ページ

 
 エマヌエルがうっかりだったりでよく屋敷のものを燃やすため、ルートヴィヒは蒐集品を城に戻したり、屋敷の壁を防火性の高いものにしたりと手を尽くしていた。

「ああ、殿下……申し訳ありません。その……ここまで、していただかなくとも」

「今の建設技術がどこまで拮抗できるかの実験でもある、気に病む必要は無い。
狩猟地はいざという時に陣地として機能させるために、予算が下りた」

 もし城が燃えたらさすがの王子でもいいよいいよでは済ませられない。今後のためにも、防火対策をさらに高めていくべきだ。

「蝋燭は、祭壇のものも含め、すべて破棄しました。……厨房以外では火を使わぬように、しているのですが」

「しかし不思議でならないのは、貴君の意思に反してベリアルが火を起こすことだ」

 炎神は消えゆく火を眺めるのが好きなのか、よく自ら蝋燭やかまどに火をつけては、何をするでもなく小さな火をじっと見つめている。普段は実に大人しい神だが、魔王の感情に呼応し大火災の火種ともなる。

 だがエマヌエルに敵意など無くとも、稀に着火することがある。
 魔王は自身に信仰心が足りないためだと言うが、ルートヴィヒはそれを眉唾と断定した。

「自らの心のうちなど、特に自身では理解し得ぬことだ。
貴君が平穏を望むとしても、炎神が起き上がるならば、それが貴君の本望なのやも知れぬ。あくまで推測だが」

「……そう、なのでしょう。そして自らを御するために、信仰というものが、私には必要なのです……」

「祈ることが拠り所であらば、そうすればいい」

 会話している間に、本日の目的であった耐火金庫の設置が終わったようだ。
 禍令を痛めつけて製造させた、身の丈ほどもある大型の鉄金庫。運送にとにかく苦労し、歩みは遅いが傾斜に強い牛車で何十日とかけて運ばれた。

 二重の鍵が施されたこの金庫には、葦弥騨盟主が持っていたシルバーブリットが入れられた。
 魔王のもとに置いているのは、教会からの返却要請を跳ね除けるためだ。盗難はなんとしても避けねばならない。

「信心深い貴君には悪いが、いましばらく聖遺物は私のもとに。これは他の魔女のためでもある」

 最強の魔女すら手玉に取る恐ろしい遺物。万が一にも良くない者の手に渡れば、国家の転覆さえ容易なのだ。
 そんなものが長らく宗主のもとにあるとは、国と教会の関係を、あらためて考えなければならない。

「……私の命は殿下のものです。誓って、聖遺物をお守りします」

 猩々紅冠鳥が金庫にとまり、固い感触を確かめるように嘴でつついた。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ