短編
□3
30ページ/40ページ
その日の会議には、臥せったままだったエンディミオ王も出席した。
王家の人間が全員参加するその議題は、叛乱を起こしかけた葦弥騨の今後の方針だった。
葦弥騨と国の交渉はルートヴィヒの担当だ。覚悟はしていたが、父からは手綱を引けなかった事を怒られ、貴族らからは揶揄される。
「それよりお兄様、剛崎将軍がもう魔女として機能しないというのは、本当ですのね?」
「ああ、叛逆者の持っていた聖騎士の遺物の力は絶大だったようだ。生きているだけ運が良い」
見かねたエバが話題を逸らす。国軍最大戦力を失い、軍の官僚が嘆息したり呻いたりといった様子を見せる。
「元より、魔女を我が軍にのさばらせる状況が異常だ。あの者が首都に入らぬ限りは放っておけ」
エンディミオとしては願ってもないことだった。魔女の率いる北方と敵対するならば、同じ魔女を味方にするのは士気に関わる。
実際、一騎当千の武将に憧れ、尊敬が集まり、アルヴァ王家の求心力が失われかねなかった。
しかし黒獅子王は、長らく国に貢献した兵士には寛容だった。
普通ならば叛逆者に関与の疑いありとして、すぐさま投獄され言い訳する間もなく首を刎ねられるだろう。
だが剛崎という兵は、政治の場に立ち入ることはなかった。彼は命じられて敵を殺すだけの兵器だ。
「葦弥騨は先走っただけだろう。煽った者はとうに目星がついている」
アルヴァが他の民族を蹂躙し、征服していく限りこの火種は常に抱えなければならない。
王家は反逆に慣れているうえ、歯向かう者の捻り潰し方も心得ている。
「貴様に継がせるのは、少なくとも愚かな先王の撒いた種を燃やしてからだな」
代替わりの前後は大きな隙が生まれやすい。ルートヴィヒが王となるのも秒読みとなっていた時に、こんな事が起こってしまうとは。
あるいは、新王の即位を阻む事が目的やも知れぬ。
「殿下、将軍殿はどうしているのでしょうか。監視をつけるべきかと……」
剛崎はもう国軍の兵ではないというに、誰もがつい将軍と呼んでしまう。
聞かれてからルートヴィヒは思い出した。彼について報告することがあったのだ。
「剛崎は以後ポチテカの町で暮らすそうだ。
もう戦争からは身を引くだろう、結婚するとかで」
「お兄様、よく聞こえませんでしたわ。もう一度おっしゃって」
「剛崎は、結婚する。相手はポチテカ族ドルネーク家の当主の弟の次男三十二歳」
全員がどう言ったものか、困っている。王子が嘘をつくはずもないが、あの恐ろしい魔女が結婚などと、急に俗っぽくなっては精神が追いつけない。
「それは本当ですの?」
「私もつい疑って、私兵に調べさせた。私の兵も法螺ではないかと疑ってつい十回は聞き込みをした。個人的に取引をしているいくつかの商会からも聞き出したが、よって間違いなく彼は結婚する。
ふむ……父上のそんな顔は久々に見ます」
「黙れ」
「でしたら、心ばかりのお祝いを差し上げなければなりませんわね。
剛崎の今までの武功を簡単に金額に換算させましょうか」
王女に命じられ、文官が算盤を弾いていく。が、どんどん文官の顔が青ざめる。
できました、と計算結果の書かれた紙を見た黒獅子王は押し黙った。
剛崎は魔女であるがゆえに、百年近くは戦い続けた。国境に立たせっぱなしにしたりもした。もうリウォインを奪取しても危ういほどの金額になってしまっている。
「……土地を分けたとしても、ドルブロス大公とウェーメヌ公の家がなくなります」
二人の公爵がぎょっとした表情で頭を振る。アルヴァでも特に権力が高く、歴史もあるふたつの貴族を差し出さねばならないとは。
エンディミオは息子の方を一瞥した。王子はこれらは当然の報酬だと、何喰わぬ顔で父王の決定を待っている。
その余裕な様が、王はなんかむかついてきた。
「……王子と王女の個人資産を削るか……」
「勲章を授与しましょう」
ルートヴィヒの即答に、エンディミオは息子の向こう脛を蹴った。