短編

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 哨戒任務を終え、あてがわれた部屋に戻る途中、夕星は外苑をうろちょろする王子を見かけた。
 気まぐれな子供とはいえ、強国の継承者が侍従も連れずに歩き周るなど、不自然にすぎる。案の定、王子の目線の先には地面を飛び跳ねる鵲がいた。

 まるで遊びに誘うように、子供の周囲をぴょこぴょこ跳ねる。一見すれば微笑ましい光景だが、生憎その鵲の眼は紅い。

 夕星は舌打ちし、朱塗りの長弓を地面に刺す。体重をかけてしならせ、弦を張る。
 矢を放つわけではない。弦を爪弾き、音を鳴らすのみ。

 しかし鵲は鳴弦をするどく聞き分け、嫌がるように羽ばたく。ついには王子から眼を逸らし、夕星に向かってがちがちと鳴いた。

『その耳障りな音をやめろ。魔女であればわたしの邪魔をする意味など無い』

「黙れ糞野郎、ガキだまくらかして何する気だテメェ。さっさと王妃のところに帰れ」

 さもなくば争いも辞さないと、大太刀に手をかける。戦神としても、それは願ってもないことだ。しかしつと視線を巡らせると、王子はこつ然といなくなっている。

『……興味を失ったか。気が変わった』

 それだけ言って、鵲は飛び去る。夕星は弓から弦を外すが、いまだ警戒するように王子の去った方を見る。

「あの馬鹿王妃、なんであんなものと契約しやがった」

 預言の力と引き換えに、子供にも害があると、本人は知っているのだろうか。伝承のテスカトリポカは、常に贄を求めて彷徨う山豹の神でもある。

『次の契約者を探しているのだろう。奴ほど人の子を好む者もいない』

 声良鶏も首を伸ばし、彼方を見る。

『王子の神域に対する閾値(しきいきち)は魔女に近い。むしろ契約者が近くにいるから、他の者に喰われていないようなもの』

「馬鹿な、奴が魔王になるとでも言うのか」

『さてそれは誰も知らぬこと。だがこの先を考えると、あの子供の露払いも、己の仕事になりそうだな』

 夕星はあからさまに顔をしかめ、ぽつりとこぼした。

「ぜってえ嫌だ……」
 
 
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