短編
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ポチテカの町に滞在しているエマヌエルは、慣れた手つきで弦楽器を爪弾いている。
穏やかな様は、魔王などと仰々しく呼ばれているとは思えないほど素朴であった。
それを横になりながらぼけーっと見ていたギドは、つと呟いた。
「結局魔王とか魔女って、なんなんだろうな。俺たちは何にも理解してないのかも」
「それは、その……私も、よく解っておりません」
相変わらず青年はおどおどとしているが、ベリオール全滅の報は誰もが知っている。
もしもギドが同じ目に合えば、金星の裁きを振るうだけで気が済むわけが無い。
狂信者と揶揄されるベリオール族だが、自らを厳しく律する精神力に、ギドは感心した。
「音楽は誰から教わるんだ?」
「普通は、親からですが、私は叔母様から、です。その、母は私を産んですぐ……ですので、叔母様が私の母も同義です」
「ああ、俺と同じだな。俺も親父を事故で亡くしてから、伯父貴が代わりになってくれてんだ。
母親も、サラが結婚したら気が抜けたのか、すぐ病気にかかっちまってなー……ん、エマヌエルの親父さんは?」
それを聞いた瞬間、あからさまにエマヌエルの緊張が高まった。商売人はすぐさまその異様を読み取り、明るい調子で誤魔化す。
「あっはは悪い悪い。変な事聞いちまった、忘れてくれなー」
「え、あ、はい……」
相当な事なのか、エマヌエルは楽器を床に置いたまま、触ろうともしない。
「そ、の……やはり父無し子は、ええと、駄目です、よね」
「何が?この国は戦争が多いし、珍しくもないぜ」
「そ、そうです、よね……」
「まあ世の中色々だ、養子で身分を手に入れるって方法もある」
商人の世界では、養子話はそこいらに転がっている。計算や目利きに才がある若者は、どこでも引手数多であるし、豪商同士で子供を交換して、家の繋がりを強くすることもある。
「伯父貴も言ってたしな、エマヌエルがうちの子になったらいいのにって」
ギドが軽く言うと、エマヌエルはもじもじと手を揉み、恥ずかしそうに返す。
「ええと……私も、ギド様が……御父様でしたら、よかったと、思います……」
その様は、実にギドの胸を射った。自分の息子にいない系統の性格だからか、余計に可愛く思える。
「やっばいちょう萌えた……エマヌエル、撫で撫でしていいか?なでなでーなでなでー」
「あ、あのっ……ええと……」
「いやー可愛いわー、よしよし」
「そうかそうか可愛いか、そりゃあよかったな、ああ?」
怒りを含んだ、おっそろしく低い声に、ギドの手が止まる。エマヌエルは恐怖で硬直し、顔を上げることができない。
夕星はギドの胸倉を掴み、大男を軽々と捻り上げる。
「ずいぶん安っぽい言葉だなええ!?この糞野郎!ぶち殺す!」
「ギャー違う!誤解!子犬を可愛いと言ったようなもんです!」
「そうかよ俺は犬と同等か!ならば骨ごと砕いてやるッ!」
「エマヌエル!ちょっと夕星さんをお母さんって呼んでみて!試しにいででででそこはそれ以上曲がらないいいいい!」
「わ、私には……そのような勇気は、とても……」