短編
□3
13ページ/40ページ
ルートヴィヒ王子は、久々に暇を持て余していた。働きすぎと周囲が気を利かせて、しかし中途半端に二時間の休憩を貰った。
(暇だ……)
話し相手になってくれる伯父は、別の用事があるとかで城にいない。妹は兵の訓練のために時間が合わない。
(昼寝は先程こっそりしてしまった。おやつにはまだ早い。だがこんな事を考えているうちに休憩は終わる)
「というわけだ、付き合ってくれ」
「いつにも増して、暇そうなお顔ですのね。いいですわ」
なんだかんだ、妹は自分に合わせてくれる。
ルートヴィヒは投げられた剣を取り、片手で構える。一応は女性に配慮したが、エバはそれを不服とした。
「ちょっとむかつきますわ」
「……確かに、最近は弓ばかりで、腕が訛ったやも知れぬ」
双子が剣を構え相対する様を、周囲の兵らはやんややんやと騒いで観戦する。王子はその多忙さゆえに訓練所に現れることは稀で、剣を拝める機会は皆無だ。
「殿下は器用な方だからな、剣も素晴らしいと思うぞ」
「いいや俺は姫様に賭ける。王から直接手ほどきを受けているし、実際かなりのものだ」
(私も父上から教わったのだが)
おっかしいなーやっぱ皆妹が好きなのかなーとぼうとしていると、先に踏み出したエバの剣が王子の首元に肉薄する。
「ぼけっとしないでくださいまし」
「髪は切ってくれるな」
「えっ今のは、姫の剣を冷静に待っていたんじゃないのか?」
「馬鹿、あれは王子を挑発してんだよ」
兵は好き放題に言うが、ルートヴィヒはもう意に介さない。真正面から妹の剣を受け止める。
予想外にエバの腕力は強く、確かに片腕では押し負けていた可能性もあった。
(しかし父上ほどでもない)
努力し続ける妹に敬意を表し、捌くことも退がることもしなかった。一歩踏み出し、力づくで相手の剣を弾き飛ばした。
決してエバの握力が弱いわけではない。王女は柄を握りすぎて血が垂れる拳を、剣をさげたルートヴィヒの顔面に叩き込んだ。
「ぐっ……!」
額に入り思わずのけぞるものの、それも一瞬。ルートヴィヒは剣を捨て、お返しとばかりにエバの頬を殴った。女の子だからと手加減する心配りは、その拳には無かった。
「っらあ!」
「ふっ!」
「まだまだッ!」
「この……!」
試合というよりも、ただの殴り合いに発展した二人を、周囲の兵らが慌てて羽交い締めにして止める。
「両殿下!お鎮まりください!」
「やかましいぞ、離せ!というかよくも顔を殴ったわねお兄様!明日は夜宴に呼ばれているのよ!」
「先に殴ったのはお前だ」
エバは切った唇から出た血をぶっと乱暴に吐き出し、文句を飛ばす。対してルートヴィヒは侍従から差し出された手拭きで、鼻血をあくまで優雅に拭き取る。
「しかしお前も強くなった。返しの刃が出せなかった」
「お兄様こそ、気迫は以前より増して。いつ剣の鍛錬を積んでますの?」
「さあな……ああ時間か。暇潰しに付き合ってもらい感謝する。では」
思っていたよりもずっと、妹は逞しく、また兵からの人気もある。それが自分のことのように嬉しく、ルートヴィヒは足取り軽く執務に戻った。