短編

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 リウォインにおける国境の要となっていたベッケルド大砦は、たった数日で陥落した。というよりも全滅した。
 敵国アルヴァと睨み合いを続けることができるほどの設備と兵を持ちながらも、だからこそ気が緩んでいたか、援軍もなかったという。

 ダニエルは新鮮な死体を期待して、戦場跡を徘徊していた。
 不自然なことに、略奪が無い。リウォインの銀は良質で、死体に指や歯が揃っていること自体が珍しいのだが、どの屍もまあまあ綺麗な方であった。

(あーあ、こりゃあ今度こそヘルガが負けるかなあ)

 白鷺王は自分の城に居る限りは無敵だが、こういった戦争はアルヴァが圧倒的に強い。ただ相手方は他民族の足並みが悪く、反抗も多かったりと一枚岩ではない。

 つと、禿鷲がダニエルを呼ぶように鳴いた。鷲の視線を辿ると、槍に腹を貫かれて死んでいる葦弥騨人がいた。濃紅の軍服を着た、少年の兵だ。

「葦弥騨にしちゃあ、立派な軍服着てェ。運が悪ィ奴だ」

 アルヴァ側に放ってやろうかと、槍に手をかけた時だった。死体が柄を掴み、激しく血を吐きながら起き上がった。

「げっ、げぇ、がっ」

「おっ、おばけ!?ひぇ〜」

 ダニエルは見なかったことにしようと、背を向けて逃げたが、あえなく背に槍が突き刺さった。

「……何日、経ったんだ」

 驚いて槍を投げてしまったが、幸いにもリウォイン人だった。まだ目が霞み、刀の行方を手探りで求める。

「なるほど、噂になっていた戦の魔女ってェのはアンタか」

「――っ!?」

 仕留め損ねたか、刀を持ち疲労で震える腕で構える。
 気合いで目眩を拭い、赤毛の男を見るが、槍はしっかりと刺さっている。

「やめろォ、アタシはアンタと同じ――」

 ダニエルは両手を挙げて無力を示そうとしたが、鋒(きっさき)は正確に魔女の首を捉える。
 が瞬間、ダニエルの体がバラバラに分かたれ崩れた。彼の体は屍体から構成されている。それをアバドンが分解したのだ。

「っ、急に何するんだ!」

 半人半馬の死神が顕れ、白茶けた手でダニエルの髪を掴む。いまだ刀を構える葦弥騨兵に向かって脚を振り上げ、蹄でもって白い頭部を踏み潰した。

「……なに、しているんだ、アバドン」

 首だけになったダニエルは言葉を絞り出す。アバドンは死にまつわる神だが、普段は温厚で争いとは無縁。ましてや進んで誰かを殺したりはしない。

『そこまでだ、蝗の王』

 藤紫色の衣服を纏う、紅い眼の神が太刀をアバドンに向ける。

『躾もなっていない魔女を連れるな。摂理に逆行する存在め』

『此方の魔女は此方の問題。その足を退けよ、本気を出せば此方が勝つぞ』

 アバドンが脚を上げた。互いは魔女を抱えて後退する。

『不可侵条約を結べ。我が領域には踏み入るな』

『では此方の行動範囲に入るな。次は無いと思え』

 アバドンは魔女の頭を腕に、剣呑な相手から背を向けた。結局、一体の屍体も回収できなかった。
 ダニエルはまいったな、と癖で頭を掻こうとするが、掻く手もない。深く息を吐く。

「アバドン、私のために争ってくれるな」

『お前のためではない、奴の魔女は生物への冒涜である』
 
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