短編
□3
10ページ/40ページ
ギドは新婚ほやほやということもあり、遠出が必要な仕事は割り振られてはいなかった。がポチテカとして、商売ごとをほっぽり出すわけにもいかない。
「デルベ商会の大旦那が、どーしても俺じゃなきゃ取引しないって聞かなくてさー、あのじいさんほんと困るぜ」
「いいからさっさと行け」
どうしても断りきれない取引というものもある。迎えたばかりの妻を置いて行くのは心苦しく、ギドはしつこく謝り倒した。
「なんかあったら、伯父貴か義姉さんらに言うんだぞ。嫌な仕事は断ってもいいから、あと俺の名前で関わってくる奴は無視しといて、それから」
「さっさと行けっつってんだろ!」
「何もアルヴァまで行くわけじゃないから、早ければ七日で帰ってくるわよ」
「そうそう、だからそんな怖い顔しないで……」
明らかに苛立っている夕星を、周囲の女達は宥めていた。元将軍は女子供に手は出さないと皆わかっているため、あくまで穏やかに話しかける。
「……俺は普段通りだ」
「うーん、そんなムキになって薪割りしなくても。というか鉈で丸太割る人初めて見たわ」
「お前たちが薪割りしろって言ったんじゃねえか」
「いや、あの、うん、休んでていいですよ。お疲れ様、ありがとう」
「なんだってんだ、あいつら……」
鍛冶場の若者どもも、別の仕事があるとかで不在だった。
夕星は屋敷に戻り、髪をくしけずることにした。毛先も鋏で整えなければいけない。
「……」
十分もしないうちに、短気な夕星は苛々してきた。思えば長いだけで手間はかかる邪魔なものだった。長くしろと命ずる存在も今はいない。
というに、切ろうという気にもならない。
(そういえば、なんで伸ばしたんだか……)
記憶を辿るが、三つ編みが魔除けになるということと、天津甕星が人の髪を贄とすることぐらいしか覚えがない。
(……あいつの方が上手いから、やってもらおう……)
苛立ちを発散できる相手もいない。一人には広い部屋が、やたら虚しく感じた。鋏も櫛も放り投げ、夕星は膝を抱えて壁にもたれる。
「ただいまー。お土産沢山あるぞー」
「思ったより三日も遅かったじゃないか。何かあったか?」
土産物に群がる子どもたちを払いながら、ラートは甥を出迎えた。
「婚姻話を断るのに時間くっちまった。俺が前の嫁に逃げられたからって下手に見てやがる」
「ああそうか、デルベとは付き合いを考えるかな」
「そう言わず、若旦那は良い奴だし」
ああだこうだと話し合っていると、夕星が姿を見せた。迎えに来たのかと、ギドは喜んで抱きつこうと両手を広げる。
「夕星さーん、ごめんごめん遅くな「オラァッ!」
突然の腹への拳に、たとえ戦士といえどオチた。有無を言わさず、夕星は大男を引きずって屋敷に戻る。
「あー……夕餉までには返してくれよ」
ラートは諌めることを諦め、馬車の片付けに着手した。
「あのさあ、殴るんならせめて一言頼むよ」
「うるせー!七日そこらで帰るとか言ったろうがクソ野郎!」
よしよし、と妻の頭を撫でるが、あえなく手をはたき落とされた。彼が怒っている理由に思い当たるものはひとつしかなく、ギドは夕星を抱き上げ、背を叩く。
「寂しかったのか?んーごめんごめん、次からは気をつける」
「……。……はああ!?そんなわけあるか呆け!馬鹿にすんな!」
(あー殴ってこないってことは正解か)「俺もちょー寂しかったんだぜ。夕星さんいないとしんじゃう」
「いい大人が、つまんねえ冗談だっ」
「冗談じゃねえし、じゃなかったら夕星さんと結婚してないから」
ギドが調子に乗ってきついぐらいに抱きしめても、首を締められはしなかった。
「髪ちゃんと結ってないじゃん、めずらしい」
「うるさい、お前のせいだからな。嫌いだ、お前なんか」
(とか言うけどずっとくっついてんじゃん。可愛い〜)