短編

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 ギドは新婚ほやほやということもあり、遠出が必要な仕事は割り振られてはいなかった。がポチテカとして、商売ごとをほっぽり出すわけにもいかない。

「デルベ商会の大旦那が、どーしても俺じゃなきゃ取引しないって聞かなくてさー、あのじいさんほんと困るぜ」

「いいからさっさと行け」

 どうしても断りきれない取引というものもある。迎えたばかりの妻を置いて行くのは心苦しく、ギドはしつこく謝り倒した。

「なんかあったら、伯父貴か義姉さんらに言うんだぞ。嫌な仕事は断ってもいいから、あと俺の名前で関わってくる奴は無視しといて、それから」

「さっさと行けっつってんだろ!」




「何もアルヴァまで行くわけじゃないから、早ければ七日で帰ってくるわよ」

「そうそう、だからそんな怖い顔しないで……」

 明らかに苛立っている夕星を、周囲の女達は宥めていた。元将軍は女子供に手は出さないと皆わかっているため、あくまで穏やかに話しかける。

「……俺は普段通りだ」

「うーん、そんなムキになって薪割りしなくても。というか鉈で丸太割る人初めて見たわ」

「お前たちが薪割りしろって言ったんじゃねえか」

「いや、あの、うん、休んでていいですよ。お疲れ様、ありがとう」




「なんだってんだ、あいつら……」

 鍛冶場の若者どもも、別の仕事があるとかで不在だった。
 夕星は屋敷に戻り、髪をくしけずることにした。毛先も鋏で整えなければいけない。

「……」

 十分もしないうちに、短気な夕星は苛々してきた。思えば長いだけで手間はかかる邪魔なものだった。長くしろと命ずる存在も今はいない。
 というに、切ろうという気にもならない。

(そういえば、なんで伸ばしたんだか……)

 記憶を辿るが、三つ編みが魔除けになるということと、天津甕星が人の髪を贄とすることぐらいしか覚えがない。

(……あいつの方が上手いから、やってもらおう……)

 苛立ちを発散できる相手もいない。一人には広い部屋が、やたら虚しく感じた。鋏も櫛も放り投げ、夕星は膝を抱えて壁にもたれる。



「ただいまー。お土産沢山あるぞー」

「思ったより三日も遅かったじゃないか。何かあったか?」

 土産物に群がる子どもたちを払いながら、ラートは甥を出迎えた。

「婚姻話を断るのに時間くっちまった。俺が前の嫁に逃げられたからって下手に見てやがる」

「ああそうか、デルベとは付き合いを考えるかな」

「そう言わず、若旦那は良い奴だし」

 ああだこうだと話し合っていると、夕星が姿を見せた。迎えに来たのかと、ギドは喜んで抱きつこうと両手を広げる。

「夕星さーん、ごめんごめん遅くな「オラァッ!」

 突然の腹への拳に、たとえ戦士といえどオチた。有無を言わさず、夕星は大男を引きずって屋敷に戻る。

「あー……夕餉までには返してくれよ」

 ラートは諌めることを諦め、馬車の片付けに着手した。



「あのさあ、殴るんならせめて一言頼むよ」

「うるせー!七日そこらで帰るとか言ったろうがクソ野郎!」

 よしよし、と妻の頭を撫でるが、あえなく手をはたき落とされた。彼が怒っている理由に思い当たるものはひとつしかなく、ギドは夕星を抱き上げ、背を叩く。

「寂しかったのか?んーごめんごめん、次からは気をつける」

「……。……はああ!?そんなわけあるか呆け!馬鹿にすんな!」

(あー殴ってこないってことは正解か)「俺もちょー寂しかったんだぜ。夕星さんいないとしんじゃう」

「いい大人が、つまんねえ冗談だっ」

「冗談じゃねえし、じゃなかったら夕星さんと結婚してないから」

 ギドが調子に乗ってきついぐらいに抱きしめても、首を締められはしなかった。

「髪ちゃんと結ってないじゃん、めずらしい」

「うるさい、お前のせいだからな。嫌いだ、お前なんか」

(とか言うけどずっとくっついてんじゃん。可愛い〜)
 
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