短編

□4
18ページ/20ページ

 
 すっかり拗ねたローレンツは、また弟を可愛がりに行った。
 何も言えず、ただされるがままの弟は、猫のようで愛おしい。

 寝ているフリードリヒを叩き起こし、愚痴を吐く。

「父上って酷くねー?俺を稼ぎにして、知人とやらの顔を立てるために、俺は伯爵になれないんだってー」

「ふあぁ、うう……」

「フリッツ、兄様いなくて大丈夫かにゃー。寂しいって泣かないー?」

「……寂しい……のはー……兄様、のほう」

「っ……」

「って……かみさまが……」

 ローレンツは誰よりお喋りだが、本音を漏らすことは無い。
 黙る兄を不思議に思い、袖を引っ張る。

 遠慮がちなノックの音がしたかと思えば、ゆるりと扉が開く。
 入ってきたのはアレックスだった。禁じられているにも関わらず、やはり気になったのだ。

「なに、なんか用?」

「いや……弟、というのが、気になって……」

 痩せ細るフリードリヒを見て、アレックスは眉をひそめる。たしかにこれでは、長く持つまい。
 だが苦しそうな様子もない。安らかに寝ている。何の病か、むしろ病なのか、確かに疑問だ。

「こいつがフリードリヒ。えーっと、七歳だったか。おーいフリッツ、アレックスが来たよー」

 どう見ても五歳かそこらにしか見えない。フリードリヒはそろそろと手を伸ばす。アレックスは思わず、その哀れで小さな手を取った。

「はじめまして、アレックスだ」

「ふぇあ……あたらし……兄様」

 嫉妬したローレンツは弟の頭を撫で回し、興味を自分の方に戻した。


「ほら、こんなにかわいそーな弟を置いてくなんて、俺はできないにゃー。いっしょに死んじゃおっかーフリッツ?」

「馬鹿、死ぬなんて軽々しく言うな」

 真っ当な正論に、ローレンツは驚いた。と同時に苛立った。
 なぜ新入りに説教されなくてはいけないのか。ローレンツは相手に近づき、腰の短剣を抜いた。

「じゃあ、あんたが死んでくれるわけ?ていうか、わけわかんね。早くお家帰んなよー」
  
「帰る家は無い」

 突きつけられた刃を恐れず、アレックスは言った。

「生まれた家は取り潰された。父も親戚も皆いなくなった。兄弟もいない」

 アレックスはなんとなく、伯爵の意図がわかった。ローレンツを軍人にして一人でも食えるようにして、この病気の弟を、自分に介護させるつもりなのだろう。
 それでも良い。置かせてもらえるだけ、ありがたい。

「……そか」

 ローレンツは短剣を戻し、頷いた。

「あんたも中々、カワイソーな奴なんだね」

「人を勝手に哀れむのもやめろ。苦労と不幸は違うんだ」

 聞いているのかいないのか、ローレンツはにやりと笑い、弟の頬をつつく。

「フリッツ、なあフリッツ。こいつはアレックスだからアレクと呼ぼう。おらアレク兄様って呼んでやんにゃよ」

「ふぇ、うう、ん」

「無理に起こすのは可哀想だろう」

「そっかな、まあ後で刷り込むか。俺のことはロランって呼べよー、おにーさま」

「そうか、よろしく。ローレンツ」

 あ、こいつ生意気だ、と兄弟は互いに思い、貼り付いた笑顔で握手を交わした。
 
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ