短編
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すっかり拗ねたローレンツは、また弟を可愛がりに行った。
何も言えず、ただされるがままの弟は、猫のようで愛おしい。
寝ているフリードリヒを叩き起こし、愚痴を吐く。
「父上って酷くねー?俺を稼ぎにして、知人とやらの顔を立てるために、俺は伯爵になれないんだってー」
「ふあぁ、うう……」
「フリッツ、兄様いなくて大丈夫かにゃー。寂しいって泣かないー?」
「……寂しい……のはー……兄様、のほう」
「っ……」
「って……かみさまが……」
ローレンツは誰よりお喋りだが、本音を漏らすことは無い。
黙る兄を不思議に思い、袖を引っ張る。
遠慮がちなノックの音がしたかと思えば、ゆるりと扉が開く。
入ってきたのはアレックスだった。禁じられているにも関わらず、やはり気になったのだ。
「なに、なんか用?」
「いや……弟、というのが、気になって……」
痩せ細るフリードリヒを見て、アレックスは眉をひそめる。たしかにこれでは、長く持つまい。
だが苦しそうな様子もない。安らかに寝ている。何の病か、むしろ病なのか、確かに疑問だ。
「こいつがフリードリヒ。えーっと、七歳だったか。おーいフリッツ、アレックスが来たよー」
どう見ても五歳かそこらにしか見えない。フリードリヒはそろそろと手を伸ばす。アレックスは思わず、その哀れで小さな手を取った。
「はじめまして、アレックスだ」
「ふぇあ……あたらし……兄様」
嫉妬したローレンツは弟の頭を撫で回し、興味を自分の方に戻した。
「ほら、こんなにかわいそーな弟を置いてくなんて、俺はできないにゃー。いっしょに死んじゃおっかーフリッツ?」
「馬鹿、死ぬなんて軽々しく言うな」
真っ当な正論に、ローレンツは驚いた。と同時に苛立った。
なぜ新入りに説教されなくてはいけないのか。ローレンツは相手に近づき、腰の短剣を抜いた。
「じゃあ、あんたが死んでくれるわけ?ていうか、わけわかんね。早くお家帰んなよー」
「帰る家は無い」
突きつけられた刃を恐れず、アレックスは言った。
「生まれた家は取り潰された。父も親戚も皆いなくなった。兄弟もいない」
アレックスはなんとなく、伯爵の意図がわかった。ローレンツを軍人にして一人でも食えるようにして、この病気の弟を、自分に介護させるつもりなのだろう。
それでも良い。置かせてもらえるだけ、ありがたい。
「……そか」
ローレンツは短剣を戻し、頷いた。
「あんたも中々、カワイソーな奴なんだね」
「人を勝手に哀れむのもやめろ。苦労と不幸は違うんだ」
聞いているのかいないのか、ローレンツはにやりと笑い、弟の頬をつつく。
「フリッツ、なあフリッツ。こいつはアレックスだからアレクと呼ぼう。おらアレク兄様って呼んでやんにゃよ」
「ふぇ、うう、ん」
「無理に起こすのは可哀想だろう」
「そっかな、まあ後で刷り込むか。俺のことはロランって呼べよー、おにーさま」
「そうか、よろしく。ローレンツ」
あ、こいつ生意気だ、と兄弟は互いに思い、貼り付いた笑顔で握手を交わした。