短編
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晋哉を甘やかす有二(ゲロ)
有二はその日、期末試験があり、昼過ぎには帰ってきた。
「あれ、母さんいないのか」
何か軽く作って食べるか、と制服のまま台所に行くと、予想外に晋哉がいた。
「おかえり」
「ただい……じゃなくて学校は?」
「僕は補講期間。特に講義はなし。お昼食べるの」
「ああ、そうか。じゃあありがたくいただきますわ」
ブレザーを脱ぎ、ネクタイと鞄とともにソファに置く。テーブルにつくと、クラムチャウダーと塩パン、ほうれん草とベーコンのキッシュが、やや乱暴に置かれた。
(……作りすぎじゃね?)
晋哉の機嫌は、案外献立の内容でわかることがある。パイ料理をいちから作ったということは、なにか良いことでもあったのだろうか。
「あのさ、食べにくいんだけど」
対面に座った晋哉が、じっと見つめてくる。少しでも溢せば刺されそうな気分になり、有二は退席を願った。
「……いやだから、何だよ!」
「何が」
晋哉はソファに移動しても、テレビや新聞など見ずに、ひたすら弟の方を注視する。
「くるんだよ、視線がぐさぐさと」
「そう」
「熊のぬいぐるみはどうしたんだ」
「ちょっと直してる」
それだけ言うと、晋哉は窓の外に視線を向けた。ようやく落ち着いて食事ができると、有二はパイを切った。
洗い物を終えてソファに鞄などを取りに行くと、晋哉はまだいた。
珍しくもないが、何か言いたいことでもあるのかと、有二は隣に座った。
「どうしたんだよ」
「何が」
「……まあ何もないならいいけどさ」
そのまま立とうとした有二のワイシャツの袖を、晋哉は思わず掴んだ。
だが何を言えばよいのか、掴んだ本人にもわからないらしく、俯いて黙り込む。
「そういえば俺はテスト勉強で、最近あまり話してなかったな」
「え、あ、僕も……レポートの追い込みがあったから……」
「なんだよ寂しかったならそう言えよ。面倒な兄貴だなあ」
笑いながら、有二は兄の頭を胸に引き寄せ、乱暴に撫でる。そういったじゃれ合いに慣れない晋哉は驚き、慌てふためいた。
「あ、や、やめてっ」
「遠慮なんてすんなよ、馬鹿」
「遠慮なんか、してな」
「じゃあやめとく。嫌がっているのは可哀想だしな」
ぱっと手を離すと、晋哉は珍しくうろたえる。そして黙ったかと思えば、そっと有二の胸に寄りかかった。
「……いじわる」
「そーだよどうせ俺は意地が悪いよ。友達にも言われた」
「……わかってやってるのがひどい」
「お前がわかりやすいんだ」
「君だけだけだと思う」
両親ともに晋哉の感情なぞ解りきっている、と言うのは、少し勿体無いと有二は思った。
晋哉が甘えてくるのだったら、もう少し独り占めしてもよいかなと、有二は兄の肩を抱いた。