短編
□3
32ページ/42ページ
赤子の心臓を狙う魔王を止めたり、勇者が道に迷ったりといった弊害はあったものの、わりとすんなり、竜王の城に辿り着きました。
石ではなく、鉄をふんだんに使用されたその城は圧巻で、国王が脅威に思うのも頷けます。
門前に足を踏み入るだけで鋼鉄の鎧を纏う衛兵が殺到し、勇者が名乗らずとも、戦いの火蓋は切って落とされました。
「なんだ、なにかおかしい」
黒い山豹をけしかけ、投槍で応戦する魔王は、敵兵に疑問を持ちました。
「こいつら、人間離れしすぎじゃないー?」
それは暗殺者も感じました。いくら急所を突こうとも、倒れるどころか、怯みもしません。
一対一において力を発揮する暗殺者は、主夫と戦線を交代しました。
「くそ、キリがないぞ、これは」
「おう元戦士よ、下がっていろ。つまらぬ傀儡は一掃する」
テスカトリポカが腕を振るうと、冷たい夜風が吹き荒び、兵を薙ぎ払いては切り裂いていきました。
これが魔王の力。味方であることの、なんと心強いことでしょう。
「無為な戦いは、やめましょう」
夜風を止め、外衣で顔を含めた全身を隠した人物が現れました。
穏やかな声音は、戦いを厭うています。
「んと、あなたが竜王さま?」
「はい。して、あなた方は何用でしょう」
勇者は全員を伴って近付き、国王からの書状を渡しました。
この書状への返事ひとつで、戦争か迎合かが決まります。
「……なるほどあなた方の王は、この領域を否定するのですね。
最後に残された、わたしの子らの生を」
「えーっと、竜王さまが嫌じゃないなら、和平協定を持ち込めると思います」
「何を言う。戦をしようではないかむぐふ」
茶々を入れる魔王の口を引っ張り、エンディミオは交渉を促します。
竜王は静かに、双子の赤ん坊に眼を向けました。
「可愛いですね」
「あ、りがとうございますー」
「わたしはわたしの愛しい子らを、失うわけにはいかないのです。あなた方の王が望むならば、わたしはこの土地から退きます」
それは戦を避けて、新天地を目指して放浪することを指しています。
勇者が安堵の息をつくと同時、竜王は宙に円を描き、数式を打ち込みます。
「あの……竜王さま、それって……金星の――」
「こっ、このくそ蛇が!全員逃げるぞ!」
テスカトリポカが勇者たちの腕を引くのと、竜王が術を発動するのは、ほぼ同じでした。
竜王の術により、かの国は跡形もなくなっていました。
竜王自身の姿もなく、勇者はあるがままを国王に伝えました。
竜王を退けた功績を讃えられ、勇者はさらに高名な人物となりました。
「エンディミオ様、提案なのですけどもー」
「なんだ、今は手が外せん」
変わらず主夫は多忙を極め、フリードリヒはのんびりとお茶を飲んでいます。
「このお家おっきくしたら、双子さんも喜びますかねー」
「ああ、それはいいな」
「ですから、国王さまが、あの魔法使いさんの反乱を止めてこいって。そしたら、丘の上の古城をくれるそうですよー」
「……もう勘弁してくれ!」