BL小説集

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「でも、だからって……」

「これは最初から決まっていたのです。森が腕を奪い、人の脅威になると定まったあの時から。――あなたが命を賭すように、わたしも全存在を賭けた。それだけのことです」

 フリードリヒが神をいかように責め立てても、ケツァルコアトルはこの事実は決して明かさなかった。
 知ればフリードリヒに迷いが生じると、神はただ一個の道具として在りつづけた。

「嫌です。本当は、ずっと一緒にいてほしい」

 無二の親友であり、意志を共有する兄弟であり、導いてくれる父である存在。

 ぐずつくフリードリヒを優しく撫で、ケツァルコアトルは言い聞かせる。

「あなたには、愛しい伴侶がいる。大切な家族がいる。支えてくれる人々がいる。そしてあなた自身の意志がある。
人はわたしたちがいなくとも、歌いつづけます」

 大いなる調和の神は、青年の頬に口づける。
 フリードリヒも、親愛の情を持ってそれを返した。

「あなたに受け入れてもらえて嬉しかった。ありがとう」






 目を覚ますと、夜も更けていた。
 いかほど眠ったのか、聞く相手もいない。

「……」

 フリードリヒは呼びかけようとしたが、無駄だと理解し、やめた。

 異様な眠気はもう無い。産後の怠さと、覚めた頭が、ただ虚しい。

 フリードリヒはこの喪失感が埋まるまで、ひたすらに泣いていた。
 
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