短編
□拍手ログ
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煙る鏡(トロイメライ)
「テスカトリポカ様のお耳、ふわふわー」
テスカトリポカには、人間の耳朶とは違う、黒い獣の耳が生えている。
触ってみれば、艶やかな毛に覆われた耳は、ひくりと動く。
「山豹の耳ぞ。遥かなる剣戟の音も、死と争いを求む者の足音も、よく聞こえる」
「兄様の猫みたいに動きますー。可愛いです」
「……」
「ねこみみ、ねこみみ」
「……気が変わった」
戦神はさつと無表情になり、ついぞ狂うたか、耳を引きちぎった。
「え、えええ?!」
真っ赤な血が飛び散り、それはフリードリヒの顔にもかかる。
気まぐれな神の、突拍子もない行動に、フリードリヒは慌てふためく。
「戦を知らぬ者に嘗められては、立つ瀬がないわ。
この耳は地に埋めて、世界に還そうぞ」
「あ、ああごめんなさい、申し訳ありません!
テスカトリポカ様はご立派で逞しくて、かっこいいですー!」
もう一方の耳もちぎろうとするテスカトリポカを止めるため、フリードリヒはとにかく褒めたたえ、機嫌を伺った。
耳はくっつけたら治った。