短編
□拍手ログ
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火打ち石は二度凍った(楔の愛し方)
公共施設なんざ一生望めないような、山間の農村に医者が来たのは、一月も前の事だった。
よそ者は行商人や、たまに来る役所の人ぐらいなもので、私たち村人は、どう扱うべきか困ったものだ。
けれども野菜や肉などを交換に、怪我を治してくれるし、病も診てくれる。隣村の娘が、お産に来たこともあった。
医者は人当たりもよく、たまに文字も教えてくれる。
だがその連れ合いの男は、無表情で、喋ったところを見た者はいない。
しかも医者と違い、あまり働かない。ふらりと外に出ては、草花を摘み取り、皆の働く様子を眺めるだけ。
けれども、私と家族が悪い水に当たった時には、薬をくれた。
子供も診てくれたし、悪い人ではないのは理解できた。
それに偶然見かけたが、男と一緒にいる医者は、村人には決して見せない笑顔を浮かべる。
あんまり幸せそうだったから、夫婦なんだろうと思った。
そして今日。教会の福祉の人らが来た。流行り病が、風に乗ってきてしまっているらしい。
医者がいれば安心かと思いきや、彼は文字通り消えていた。
家だけを残し、生活をしていた名残すら、跡形も無く。
教会は、ここに誰かいたのか、この骨折は誰が治したかとか聞かれた。
皆、一斉に口を閉ざしたよ。なんでだが、そうした方がいい気がして。
あの二人は、魔女だったんじゃないかって、皆で話し合い、忘れることにした。