☆彡秋のエゴイスト2
□恋敵は小学生?
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土曜日、颯に会いに草間園にやってきた。
入り口で養母さんに手土産を渡していると廊下の奥から颯が走ってきた。
「わーい!弘樹だ〜」
「颯、こんにちは。」
「こんにちは!弘樹のことずっと待ってたんだ。枕草子教えて!」
颯に手を引っ張られながら勉強部屋にやってきた。颯は引き出しから図書館のバーコードが付いた枕草子を取り出して机に置いた。
「どこまで読んだ?返却期限まで余裕あるのか?」
「一応全部読み終わってる。面白くて一気に読めた。」
「そっか。」
途中で詰まってなくて良かった。
見たところ中学生向きに書かれた入門書で原文と口語訳が両方書かれている。注釈も丁寧だ。
「それで、教えて欲しいところは?」
「えっと、まずこれって物語とはちょっと違うよね?日記でもないし、こういう書き方の本って何ていうの?」
てっきり言葉の意味とか文法を聞かれるものだと思っていた。そんなことに気づく小学生がいるなんて…ヤバイ、メチャクチャ感激してる!
「弘樹?」
「あ…ごめん、ちょっとぼーっとしてた。これは随筆っていうんだ。筆者の体験や知識をもとにして、感想・思索・思想をまとめた散文…散文っていうのは…」
「待って!自分で調べる。」
颯は机に並べてあった国語辞典を素早く引き始めた。
「散文…さんぶ…あった!五七五などの韻律や句法にとらわれずに書かれた文章…小説や日記も散文だから似てるんだね。」
俺のお古の国語辞典…コイツにやって良かったな…
野分には申し訳ないが、古典に関して颯は一番の教え子だ。
颯は続けて辞書のページを捲り、清少納言の説明が載ったページを開いた。
「作者のことも聞きたかったんだ。気になることがあるんだけど、どこにも書いてなくてさー」
「どんなこと?」
「清少納言って豆の品種改良とかしてた?」
「はあっ!?」
豆ってなんの話だ?
「どこかで聞いた名前だと思ったら、ここに似たようなのが出てて。」
颯が取り出したのはアイスクリームのチェーン店のチラシだ。
「俺、アレルギーあるからアイスは食べられないんだけど、色んな種類が並んでるの見てると楽しくてこういうチラシ集めてるんだ。」
あはは…こういうところは子供らしくて微笑ましい。
「で、ここに大納言小豆ってあるだろ。もしかして、少納言大豆とかもあるんじゃないかと思ったら気になってさ。辞書引いてみたけど分からなかった。」
「プッ…」
思わず吹き出してしまった。
「お前よくそんなことに気づいたな。」
子供ならではの発想というか、大学で真面目にこんな質問してくるヤツはいない。
「少納言大豆は聞いたことないけど、少納言小豆ならあるぞ。大納言や少納言が作ったわけじゃなくて、貴族は切腹しないから『腹切れしない』という意味で貴族の役職名を付けたとか、形が烏帽子に似てるって説もある。」
「そうなんだ!そういうのってどんな本で調べればわかるの?弘樹はどこで知ったの?」
こんなに目をキラキラさせて…
「どこだったかな?多分江戸時代の文献だと思うけど、毎日色んな本読んでるから覚えてねーな。」
「そっかー、俺ももっと本読まないと。負けねーぞ!」
負けないって…俺に!?なんだかガキの頃の自分を見ているみたいだ。
「あと、冒頭のところなんだけど、春と夏は共感できるんだ。でも秋と冬が俺とは違うなって思って、弘樹はどう思う?」
「俺の主観でいいのか?そうだな…冬は『つとめて』じゃなくて『宵』の方がいいかな。早朝とか起きるだけでもしんどい。寒いの苦手だし、どーせ一日中寒いなら宵の口あたりがいいな。」
雪の中や、冬の星座の下を好きな人と手を繋いで家に帰る…ドキドキして寒さなんか吹き飛んでしまうんだ。
「俺も!冬は早朝がいいとか信じらんねー!」
颯と目を合わせて笑ってしまった。
「秋はいつがいいんだ?」
「俺はお昼ごろの高い空が好き。うろこ雲が浮かんでるの見てるのも楽しいし。」
「なるほどな…夕暮れ時もいいけど、青空もいいな。」
そんな話をしながら、ふと机の上に積まれた教科書の方を見たら気になるプリントを見つけた。
題名と本文を書く欄があり、周りに落ち葉や果物等の秋をイメージしたイラストが描かれている。
「これ…学校の宿題?」
「うん。『自分にとっての秋』っていうテーマで意見や感想を書くんだ。」
国語の宿題か。こういうの俺もやったな…
「白紙だけど、書くこと決まってんのか?」
「うん、『味覚の秋』にするんだ♪」
「味覚?読書の秋じゃねーの?」
ちょっと意外なんだが…
「読書は秋じゃなくてもできるだろ?俺、卵アレルギーでケーキとか焼き菓子とかみんなと同じの食べられないからさー、果物とか栗とかサツマイモとか秋のおやつならみんなと一緒に分けられて嬉しいんだ♪」
「そっか、それは楽しみだな。」
「うん!」
秋と言えば夜長に読書というイメージだったが、考えてみれば俺も一年中読書してるな…
「なんだか俺も野分特性の栗ご飯が食べたくなってきた。」
「そう言えば、野分と喧嘩してるの?」
「なんで!?」
喧嘩をしているわけではないのだが、野分とはあれっきり口を聞いていない。
風呂も寝るのも別々だったし、翌朝は俺が起きる前に病院に行ってしまったのだ。
野分が拗ねているだけだと思ってたし、俺もちょっと意地になっていて、先に喋ったら負けのような気がして口を閉ざしていたのだが…
「なんか、土曜日に弘樹がくるって連絡くれたときに『ヒロさんと喧嘩しちゃいました』って落ち込んでたよ。」
喧嘩だったのか〜!?
確かにワザと痛い所を突いて意地悪言った覚えはあるが…もしかして、野分のこと傷つけた!?
「教えてくれてありがとな。今度会った時、仲直りするから。」
受験の時のことを思い出して、ムカつきまみれに酷いことを言ってしまった。ちゃんと謝らねーと。
この後、時間あるから病院に寄ってみようかな。野分のことだから、落ち込んでヘマしかねないし。
「他に聞きたいことねーか?」
「枕草子は大丈夫。」
「じゃあ、俺帰るわ。」