純情エゴイスト〜のわヒロ編〜
□開雲見日☆
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今日は帰宅できるはずだったのに、急患が入って病院に泊まることになってしまった。
『ごめんなさい。今夜も病院に泊まります。時間があったら着替えお願いします。』ヒロさんにメールを入れる。
忙しそうだったけど、着替え持ってきてくれるかなぁ?
ピピピピピ…すぐに着信音が鳴った。
『少し遅くなるけど届ける。仕事、頑張れよ。』
短いメールの中にも労いの言葉を入れてくれたことに嬉しくなる。
着替え受け取る時に会えるといいな…
診察をする患者が途絶えたのは夜の11時だった。
受付を覗いて、看護師さんに声をかける。
「すみません。俺の荷物届いてますか?」
「荷物ですか?まだ届いてないみたいですが…」
「そうですか。」ヒロさん、遅くなるって言ってたけどやっぱり忙しいのかなぁ…
休憩室に向かおうとロビーを通ると、ソファーに座った津森先輩が俺に向かって手を振っている。
先輩あんなところで何してるんだろう?
先輩に近づくと、ソファーで眠っているヒロさんが見えた。
「野分、上條さん爆睡中なんだけど。」
「先輩、ヒロさんに変なことしてませんよね?」
「いや…俺が気付いたときにはもうこの状態だったから。」
ヒロさんは俺の着替えの入ったボストンバッグを抱きしめてすやすやと眠っている。
「先輩、いつからここにいたんですか?」
「15分前くらいからかなぁ…あ、本当に手はだしてないからな。ただ、寝顔をちょっと写真に…」
「今すぐ消してください!!」
「はいはい…」先輩は名残惜しそうに携帯の写真を消している。
ヒロさん、疲れているのにごめんなさい。でも、こんなところで寝ていたら危険です!
心を鬼にしてヒロさんを起こすことにした。
「ヒロさん、起きてください。ヒロさん!!」
「んーーー…のわき?」眠たそうに目をこすりながらヒロさんが起き上がった。
「ここどこ?」
「病院です。」
「そうだ…着替え…」抱きしめていたボストンバッグを渡された。ホカホカしていて暖かい。
「ありがとうございます。」
「俺、帰らないと…終電…」まだ眠たそうで、一人で帰すのは心配だ。
「ヒロさん、大丈夫ですか?」
立ち上がろうとしたヒロさんに手を貸した時、チャリーン…
ヒロさんの上着のポケットから何かが落ちた。拾い上げてみると、それはクマのキーホルダーが付いた見慣れない鍵だった。
大きさからして玄関のカギのようだ。
「ヒロさん、鍵落としましたよ。」
「ああ、サンキュ。」
ヒロさんは俺の手から鍵を受け取ると、さっとポケットにしまった。
「何の鍵ですか?」
「秋彦の部屋の鍵。終電まで時間ねーからもう帰るな。俺は大丈夫だから、仕事頑張れよ。」
そう言い残すと、時計を見ながら慌てて走って行ってしまった。
「秋彦ってだれ?」先輩の声が右耳から左耳に通り抜けていく…
ヒロさん、なんで宇佐見さんの部屋の鍵なんか持ってるんですか…
翌日の昼ごろ、先輩に帰るように言われた。
もう5日間帰宅していないこともあったのだが、昨日の鍵のことが気になって処置に集中できず怒鳴りつけられてしまった。
私情で仕事に支障をきたすなんて情けないけれど、俺の頭の中はヒロさんでいっぱいでどうすることもできない。
鍵のことヒロさんに聞いてみようかな?
でも、ヒロさんは俺が宇佐見さんのことよく思っていないのを知っているから、しつこく聞いて困らせてしまうかもしれない。
それに後ろめたいことがないからこそ、宇佐見さんの部屋の鍵だとあっさり俺に告げたのだろう。
いや、寝ぼけていて誤魔化す余裕がなかったのか?いずれにしても、ヒロさんにカッコ悪い姿は見せたくない。
家に帰って仮眠を取ったら宇佐見さんの家に行ってみよう。確か同居人さんがいるって言っていたから何か聞きだせるかもしれない。