純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜
□パラレルウエディング
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「ヒロさん、ただいまです。」
あと数ページで読み終わるところで、野分に声をかけられて我に返った。
「野分?お帰り。今日、泊まりじゃなかったのか?」
「もしかして、ヒロさんまた忘れちゃったんですか?」
「忘れたって何を?」
「今日は一緒に指輪を取りに行く予定になっていたじゃないですかー」
「そうだっけ?これもう少しで読み終わるからちょっと待ってて…」
「はい。俺、着替えてきますね。」
急いで残りのページに目を通して、ゆっくりと本を閉じた。
面白かった〜何で今まで読まないで放置してたんだろう。この本は本棚に並べておくか…
段ボール箱と周囲に積んであった本を抱えて自室に戻ると手早く本棚に片付けた。今度は椅子が回転しないようにちゃんとロックをかけて天袋に段ボール箱を戻す。
よし!終わり!今度は野分と出かける準備だな。アイツどこに行くって言ってたっけ?
…ん!?指輪?指輪を取りに行くって何の話だ?
最近物忘れがひどくなったような気がしないでもないが、指輪なんてありえない!
バタバタと野分の部屋に駆け込むと、野分は黒の長袖シャツを頭から被っているところだった。
「野分!テメー、指輪って何のことだ!…って…野分、その耳…」
スポンとシャツから飛び出した野分の頭にはフサフサとした犬耳がついている。
「ヒロさん、俺の耳がどうかしましたか?」
野分は不思議そうに、何の躊躇いもなく頭の上の耳を触っている。
「お前…いくら子供相手の仕事だからって、よく恥ずかしげもなくそんなもんつけられるな…」
呆れながら野分を睨みつけると、野分はキョトンとした顔で答えた。
「家にいるときはいつもこの姿じゃないですか?ヒロさんこそ休みなのにどうして人間の姿のままなんですか?」
ふざけている様子は全くなく、真顔でそんなことを言われて、頭の中が真っ白になる…
人間の姿って…野分は人間じゃなかったのか?って、俺も!?
「ちょっと耳、触らせろ!」
「えっ!?ヒロさん?いきなり何するんですか?」
慌てる野分を押さえつけて耳に触れるとフワフワして温かい。金具もないし、ちゃんと血管も通っている…
「本物…」
手を放すと、野分は耳を押さえて丸くなってしまった。
「ヒロさん、俺、耳触られるの苦手だって何回言ったらわかるんですか〜これから出かけないといけないのに、こんなことされたら勃っちゃうじゃないですか〜」
「ごめん…」
なんだか頭の中が混乱してる…目の前にいるのは野分…だよな?俺の記憶が確かならば、野分は普通の人間だったはずだ。
まじまじと犬耳を見つめていると、耳がピクピクと動いてスッとどこかに消えてしまった。
「なっ…なんだ?野分、耳消えてるけど大丈夫か?」
「外に出るんで人間の姿になっただけですよ。」
野分は髪をかき分けて人間の耳を俺に見せた。普通の耳だ…
「ヒロさん、大丈夫ですか?本の読み過ぎで混乱してるみたいですけど。具合が悪いようなら俺、一人で指輪を取りに行くので休んでいてください。」
心配そうに俺の顔を見つめる野分…
「さっき椅子から落ちた時にもしかしたら頭打ったのかも…」
「椅子から落ちたんですか?怪我は?」
「大丈夫だ…と思う…」
「心配です。やっぱり休んでいた方がいいんじゃ…」
「嫌だ!俺も行く!」
なんだかよくわからんが、野分は俺と一緒に指輪を取りに行くのをとても楽しみにしていたようだ。コイツのしょぼんとした目を見ればすぐにわかる。
野分をガッカリさせてたくなくて、つい行くと言ってしまったけれど…指輪って何のことなんだろう?
野分と二人で繁華街を歩くのは久しぶりだ。目的地がわからないので野分の斜め後ろを歩く。
「あれ?あんなところにカフェできたっけ?」
「先週オープンしたじゃないですか。一緒にコーヒー飲みに行ったの忘れちゃったんですか?」
野分は呆れ顔で俺の方を見ると、クスリと笑ってこう付けくわえた。
「ヒロさんは猫だから忘れっぽいのは仕方ないですけど、俺のことはちゃんと覚えていてくださいね。」
俺…猫だったのか?そうか、それで忘れっぽいのか…なんとなく、納得した。
認知症か何か悪い病気なのでは?と心のどこかで心配していたのだが、医者の野分がそういうのなら心配はなさそうだ。
野分の背中を追いながらトコトコと歩いて行くと、駅前のデパートに入った。
いつもならエスカレーターで真っすぐに4階のメンズコーナーに向かうのだが、今日の目的地は1階の貴金属店らしい。
店に着くと、野分は臆することなく店員に声をかけた。
店員は奥に入っていくと、程なくして青いビロードの布を貼ったトレイに指輪を2つのせて戻ってきた。
「こちらになります。どうぞ、お手に取ってご覧ください。」
野分は小さい方を右手で取ると、左手で俺の手を取った。
「野分!人前で何してんだ///」
慌てて手を引っ込めると野分は微笑んで
「こちらの店員さんも変化した猫さんなので大丈夫ですよ。」
と言いながら、さっと俺の左手を取って薬指に指輪をはめた。
「よかった。ピッタリですね。ヒロさん、俺のもはめてもらえませんか?」
真黒な目でじーっと見つめられると、嫌だとは言えなくなってしまう…
「しょうがねーなー」
吐き捨てるように言って、大きいほうの指輪を取って野分の左手首をつかんだ。
薬指に指輪を入れようとしたが、手が震えて上手くいかない。たかが指輪一つで何こんなにドキドキしてんだ…
苦戦していると、野分が手を添えてくれた。指輪がスッと野分の薬指にはまっていく…
「ありがとうございます。ピッタリです♪」
野分はとても嬉しそうににっこりと微笑んだ。
「お二人ともお似合いですよ。式が楽しみですね。」
店員もにこにこしている。
式が楽しみってことは、やっぱりこれは結婚指輪だよな…いや、待てよ。式って…まさか…
店員が指輪を箱に戻して包んでいる間に、野分にそっと聞いてみた。
「野分、俺たち結婚するのか?」
「いよいよですね…来週の日曜日が楽しみです。」
幸せそうな野分の横顔を見ていると、記憶に無いとは言えなくなってしまう。
さっきの店員の様子から想像して、人間に変化している動物の間では同性婚が認められているらしい。
それから、この世界には普通の人間と変化した動物が混在している…らしい。
野分は犬。そして、俺は…猫。
異種で同性って…普通なのだろうか?
結婚なんて考えたこともなかったけど、相手が野分なら…悪くないかもしれないな…