純情エゴイスト〜のわヒロ編2〜
□野分の潜入作戦
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文学部の校舎は何回か来たことがあるから、なんとなくわかる。
掲示板を確認したら前期講義一覧が張り出されていたので、ヒロさんの講義の時間と教室をチェックした。
3時限目に一般教養の古典の講義が入っているけど、その後の授業は無いようだ。
時刻は1時40分…もう始まってるけど、行くしかないよね。
教室は文学部の研究室がある校舎とは別の校舎にあって、ちょっと迷ったけれどなんとか辿り着くことができた。
廊下の窓からそっと覗くと、そこは広い階段状の教室だった。学生も大勢いる。
これならバレずに中に入れそうだ。
教室の後ろの扉をそろっと開けて、身を屈めて教室に入る。
見つからないようにしないとと緊張していたけれど、それ以上にマイクを通したヒロさんの声にドキドキしてしまう。
後ろの方の席は空いていなかったので、壁際の階段を降りながら空席を探していると、真ん中辺で一番端の席が空いているのを見つけた。
その席を目指して少しずつ進んでいると、端っこに座っていた学生がこそっとメモを見せてきた。
『上條の授業は遅刻厳禁だから気をつけろよ。健闘を祈る!』
(はい!頑張ります!)
心の中で答えて、前を目指した。
やっと席に辿り着いて、椅子に座った瞬間…
(ビュン!ビュン!)
(バシッツ!!)
物凄い勢いで飛んできたチョークと黒板消しが頭を直撃した。
(痛った〜)
「そこ!俺の授業に遅刻してくるとはいい度胸だな。今日は初日だから見逃してやるが、次回からは欠席扱いだからな!」
ヒロさんの怒鳴り声が響く…
「すみません…」
と顔を隠しながら小さく頭を下げた。
「他の者にも言っておくが、累計3回欠席した者は前期試験資格剥奪!履修するつもりの者は覚悟しとけよ!」
ヒロさんの言葉に周りが僅かにざわめいた。
「厳しい…」
「鬼だ〜」
溜息をついている学生もいる。顔に着いたチョークの粉を落としながら、大変そうだなぁ…と同情してしまう。
「静かに!授業を続けるぞ!」
ヒロさんはそう言うと、マイクを片手に説明を続けながら階段を上ってきた。
あれ?なんか俺の方に近づいてくるような…
ドキドキする…俺だってバレませんように…顔を隠すようにマスクを摺りあげて下を向く。
ヒロさんは俺の傍まで来るとさっき投げたチョークと黒板消しを拾って、俺の前にプリントを置いてまた教壇に戻っていった。
仮授業用のプリント…遅刻してきた俺のために持ってきてくれたんだ///
やっぱりヒロさんは優しいな…って、これがもし俺じゃなくて他の学生だったら…
考えただけで嫉妬の炎がメラメラと湧きあがる。
ダメだ!今は神聖な授業中。ヒロさんの講義に集中するんだ。
家庭教師をしてくれていた頃もそうだったけど、やっぱりヒロさんは教え方が上手いと思う。
説明がすんなりと入ってくるし、プリントのまとめ方もわかりやすい。
それに…教壇に立つヒロさんはカッコ良くて、目の保養にもなるし…
他の学生達もやっぱり俺と同じような印象を持っているのかなぁ…
あっ…そうだ!俺は学生の様子を探りにここに来たんだった!授業に引き込まれて周りを見るのを忘れていた。
本来の目的を思い出して、さり気なく周りを見回すと斜め後ろにうっとりとした表情でヒロさんをじーっと見つめている女子大生がいた。
俺のヒロさんをそんな目で見ないでください!
前の方の席にもノートも取らずに、ヒロさんを見ている学生が何人かいてイライラしてしまう。その中には男子学生もいて…
ヒロさんは俺のなのに…
今すぐ立ち上がって『ヒロさんは俺のものです!』と叫びたい衝動に駆られたけれど、さすがにそんなことはできない。
ヒロさんに迷惑をかけるようなことは絶対にしちゃダメだ。
一人で悶々と悩んでいるところで、チャイムが鳴った。
「今日はここまで。」
チャイムと同時に授業が終わって、周りの学生達はほっとしたように緊張をほぐしている。
ヒロさんの方を見ると…いつの間にか質問をしに来た学生達に囲まれていた。
一人ずつ丁寧に答えているみたいだ。
真面目に授業を受けていた学生はともかく、授業中ずっとヒロさんの顔ばかり見ていた学生まで紛れているのが気にくわない。
イライラしながら、刺すようにその学生の背中を見つめていると…ポンと肩を叩かれた。
「草間先輩ですよね?」
「青嵐?」
振り返ると、そこには見覚えのある顔が微笑んでいた。草間園の後輩でM大医学部に在籍している青嵐だ。
「上條先生が心配なんですか?なんか黒いオーラが出まくってましたよ。」
「うん…ヒロさんは無防備だから心配で。」
「大丈夫ですよ。上條先生は断る時はキッパリと断るし、草間先輩一筋ですから。」
後輩に励まされるなんて不本意だけど、6年間ヒロさんの授業を受けてきた青嵐の言葉にはやっぱり説得力がある。
「ありがとう。なんだか、安心したよ。」
「上條先生を信じてあげてください。」
ヒロさんのことを信じて無いわけじゃない…だだ、自分に自信が持てなかっただけで…そうか、イライラの原因はヒロさんじゃなくて俺自身にあるのかもしれない。
「心配し過ぎだったみたいだな。なんだか俺、カッコ悪いかも…」
「草間先輩はカッコイイです!」
にっこりと微笑む青嵐に微笑み返して席を立った。
ヒロさんはまだ囲まれているけれど…青嵐のおかげで自信が持てたから大丈夫。
買い物して帰ろう。ヒロさんのために晩飯を作って、二人で食事をして、お風呂に入って…
家ではヒロさんは俺だけのものだから。