☆彡秋のエゴイスト2
□誕生日は君のために
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んーーーっ・・・いい匂い♪
バスタブに浸かって石鹸の香りがするヒロさんのうなじに鼻を寄せる。
今夜のヒロさんはどことなく上の空で、いつもなら恥ずかしがって抵抗するのにお風呂に連れ込んでも大人しくされるがままになっている。
時々、何か言いたそうな顔をするのだけれど、俺には言いにくいことなのか慎重に言葉を選んでいるようなので、気づいていないフリをしている。
俺に飽きたとか、他に好きな人ができたとかだったらどうしよう!?と一瞬、最悪のケースを想像してしまったりもしたけれど、こうして一緒にお風呂に入ってくれているのだからそんなことはありえない。
もしかしたら、誕生日のことかもしれない。何か予定が入っちゃったのかなぁ?
俺が楽しみにしていると思って気遣ってくれているのかも。
お風呂でリラックスしたら話してくれるかと思ったんだけど・・・
「ヒロさん、誕生日のことなんですけど。」
試しにこちらから切り出してみたら、ヒロさんの肩がビクン!と震えた。やっぱり・・・
「あの〜何か不都合なことでもあるんでしょうか?」
「すまん・・・挙動不審で不安にさせたよな?」
ヒロさんはそう言って振り向くと、困ったように俺を見上げた。
「いえ、なんだか話しにくそうにしていたので気になっていたんです。もしかして、また泊りがけで出張とかですか?」
「いや、帰ってはくるんだが遅くなりそうなんだ。だから、お前も無理して早く帰ってきたりしなくていいからな。」
「そんな寂しいこと言わないでください。いつもは俺が遅刻してばかりですけど、今年こそは先に帰宅して準備して待ってます。でも、俺のことは気にせずお仕事優先してくださいね♪」
笑顔でそう言うと、ヒロさんは眉間に皺を寄せて小さく溜息をついた。
「お前が犬みたいに家で待ってると思ったら気にしないわけにはいかねーだろ。なんでそういうこと言うかなぁ〜」
「あはは・・・ちょっと意地悪でしたね。だけど、本当に俺のことはいいですから。俺と違ってヒロさんはちゃんと帰ってきてくれるから、待っている時間も幸せなんですよ。」
俺はヒロさんを待ちぼうけさせたまま帰宅できないことも多くて、ヒロさんに寂しい想いをさせてばかりだけれど、ヒロさんは違う。
「悪いな。仕事っていうか、仕事の延長みたいなもんで・・・飲み会に付き合う羽目になっちまったんだ。」
「飲み会ですか?誕生日祝いの?」
「んなわけねーだろ。研究発表会の打ち上げ件親睦会みたいなもんだ。」
ヒロさんの話によると、22日にM大で文学部の院生達による研究発表会があるらしい。他の大学からも教員や同じ分野の研究をしている学生が集まるそうだ。
ケータリングを利用した昼食会をするのが恒例なのだが、翌日が祝日だからと、院生達の間で飲み会をやろうという話になったようだ。
内輪だけの打ち上げなら良かったのだが、研究発表会の案内状に終了後の親睦会のお知らせも載せてしまったらしい。他大学からの参加者もいるのに、本学の教員が不参加というわけにもいかず・・・
「付き合いも大切ですもんね。上條先生♪」
「まあ、同じ研究者同士だから会話も弾むし嫌ではないんだ。むしろ、視野が広がっていい経験になったりもするし、ちょっとだけ楽しみだったりもするんだけど・・・」
わかります。ヒロさんは根っからの文学好きですもんね。
「記念日なのにお前を待たせて自分だけ楽しんでくるのも申し訳なくて・・・ほんと、ごめん。」
「それで言いにくそうにしてたんですね。ヒロさんの誕生日なんですから、ヒロさんが楽しいのがいいです。親睦会も俺との誕生日会も楽しんでください!」
ヒロさんと一緒にいられる時間は減っちゃうけれど、ヒロさんがハッピーなのに越したことはない。
「ありがとう。酔わないように気をつけるし、日付が変わる前に帰るから。あと、お前も急患とか来たらそっち優先していいからな。」
「はい。」
そうならないことを祈りつつ、しっかりと返事をした。
遠い異国で離れて過ごした年も、電話で『おめでとう』を伝えた年も、10分しか祝えなかった年もあった。
当日はどれくらい一緒にいられるかわからないけれど、全力で準備してお祝いしたい。
ヒロさんが生まれた日は俺にとっても特別で大切な日なのだから。