☆彡秋のエゴイスト2
□野分のお見合い!?
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はーーーっ…
ため息って尽きることはあるのだろうか?
帰宅するなりソファーに座り込んで、かれこれ1時間が経とうとしている。
何も映っていないテレビの画面をぼんやりと眺めながら、ため息ばかりが洩れる。
「ただいまー」
「無理ですっ!!」
「おわっ!野分!?いるなら電気くらいつけろよ。」
部屋の明かりがついてヒロさんが入ってきた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。」
玄関が開いたのにも、ヒロさんの気配にも気づかないなんて…やっぱり無理です。
「どうした?って、お前死神みたいなツラしてるぞ!もしかして、今度こそ本当にクビに…」
「なってません。」
いくら研修医だからってそう簡単にクビにされることはない。ヒロさんは俺がクビになるくらいのヘマをやらかすと思っているのだろうか?
あーーっ…ますますへこむ…
「ゲッ!す…すまん!お前がクビになるわけねーよな?失礼なこと言って悪かった。」
俺を見て慌てた様子で謝るヒロさん。俺、今どんな顔してるんだろう?
「野分?何かあるなら俺に言えよ。俺が原因とかなら直すようにするし。」
不安そうな顔。恋人にこんな顔させて…俺は最低な人間だ。
「はーーーっ…」
「おい!へこむのも悩むのもお前の勝手だが、俺の前で無言でウジウジするのはやめろ!気になって仕方ねー!」
飛んできた鞄が避ける間もなく顔面を直撃した。
「痛たた…」
「俺に言えないことなら、津森にでも相談しろよ。一人で抱え込んでも解決しねーぞ。」
今度は寂しそうな顔をさせてしまった。ちゃんと話さなきゃ。
「ごめんなさい。ちょっと…いえ、すごく嫌なことがあって、何も考えたくなくなってぼんやりしていたんです。頭冷やしてくるので待っててください。」
「ああ。飯は?その調子じゃまだだよな?」
「はい。」
「何か作るから食べながら話そうぜ。俺の手料理食えば少しは元気になるだろ。」
そんな優しい言葉…今の俺にかけちゃダメです。
緩みかけた涙腺を引き締めるように笑顔を作る。
「はいっ!」
元気に返事をするとヒロさんは微笑んで、前髪を優しく撫でてくれた。
熱いシャワーを浴びて、冷たい水で顔をゴシゴシ洗ったらスッキリした。
リビングに戻ると、ダイニングテーブルにはレトルトのカレーと歪な形の目玉焼きが乗っかった大盛りのご飯と、野菜をザクザク切ったサラダが並んでいる。
「手料理…?」
「肉切らせてて、すぐに作れるのこれくらいしか思いつかなかったんだよ!レトルトで悪かったな!」
「プッ…ヒロさんが俺のために準備してくれただけで嬉しいです。ヒロさんらしくて可愛いです。」
「俺らしいって、俺の料理はレトルトだけじゃねーからなっ!これでも少しは料理の勉強してんだ。」
「わかってますよ。早く帰ってきたのに買い出しにいかなかった俺が悪いです。」
カレーはレトルトだけど、少しでも手料理感をだそうと目玉焼きを乗せてくれているところに愛情を感じる。
向かい合わせに座って、同時に手を合わせる。
「「いただきます。」」
半熟の目玉焼きをスプーンの先で突くとトロトロの黄身が流れ出した。カレーと一緒に掬って一口…
「おいひいれす♪」
「俺が作ったんだから当然だろ。口にもの入れたまま喋んな!」
照れ臭さを隠すようにそう言うと、ヒロさんはスプーンをせっせと動かしながら、チラチラと俺の方を気にしている。
悪い報告ほど早くするのは社会人の基本だ。口が空になったところで、早速話を切り出した。
「実は今日、医院長に呼び出されてお見合いをしてみないかと言われまして…断ることができませんでした!ごめんなさいっ!!」
「危なっ!」
「あ…すみません。」
ヒロさんがお皿を避けてくれなかったら、頭からカレーに突っ込むところだった…
ヒロさんは俺の前に皿を戻すと、ちょっと考えてから話し始めた。
「まあ、医院長に言われたら研修医の立場で断るのは難しいよな。職場での人間関係は大事だし。」
「怒らないんですか?」
「あと何秒かしたら怒るかも。お前に見合い話が来るなんて想像もしてなかたからちょっと混乱してる。頭ん中整理するから、もっと詳しく話せ。」
「はい。」
先日、うちの病院で外科の研究発表があって、他の大学病院の医師や理事の偉い方々が集まったようだ。
その中の一人が今回のお見合い相手の叔母にあたる人らしい。
その日は爽やかな秋晴れで気持ちが良かったから、体調の良い子供達を連れて中庭に散歩に出ていて、俺が子供達と一緒にいるところを帰りがけに見かけたそうだ。
姪御さんは幼稚園の先生をしていて、子供好きで子育てに協力的な男性が理想だという。
俺が姪御さんの理想にピッタリだと直感して、医院長経由でお見合いを打診してきたんだ。
もちろん、俺は即座に断った。『俺にはお付き合いをしている大切な人がいるのでお見合いはお断りさせてください。』って。
だけど、その女性は理事の一人で病院に多額の寄付をしてくれているから無碍に扱えないらしくて、会うだけ会ってみてくれと医院長に頼みこまれてしまった。
すごく嫌だったけれど、病院の経営にも関わることだし、医院長にはいつもお世話になっているから困らせたくないし…
お見合いをするだけして、俺が相手の女性に気に入られなければすべて丸く収まる。そう判断して引き受けてしまったんだ。
ゆっくりと言葉を選びながらヒロさんに状況を説明した。
「ごめんなさい。俺はヒロさん一筋なのにお見合いをするなんて、ヒロさんにも相手の女性にも失礼ですよね。今、話しながら気づいたんですけど、俺が病院を辞めれば良かったのかもしれません。」
本当に申し訳がない。
「いいよ。許す!」
「ヒロさん…?」
「お前も一応社会人なわけだし、立場上どうすることもできないことだってある。ムカつくけど、こんなことでお前に病院辞めて欲しくないし。」
ヒロさんは不満そうにカレーを掻き込みながらプイっと視線を反らしてしまった。
「ってことで、この話はもうお終い!」
「えっ…でも…」
「どうすれば女性に嫌われるのか津森にレクチャーしてもらえ!」
「あ…はいっ!」
「信じてるから。」
ヒロさん…
ヒロさんにお見合い話が来た時、すごく不安になって落ち込んだのを思い出す。今度は俺がヒロさんをそんな気持ちにさせているのかもしれない。
俺の立場を尊重してくれて、信じてくれて…ありがとうございます。
『嫌だ』とか『無理』とか後ろ向きに考えるのはもうやめだ。ちゃんと自分で解決しますから、少しだけ待っていてください。