☆彡秋のエゴイスト2
□クッキーよりも甘い夜
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ラップが切れたので、ストックが無いかとキッチン下の収納を開けたら見覚えのない缶を見つけてしまった。
大きめの円形の缶の蓋にはクッキーの写真がプリントされているけれど、買った覚えも食べた覚えもない。
野分の…だよな?
子供達にクッキーを配って、空き缶を取っておいたとか?
手に取って振ってみるとシャカシャカと音がする。まだ中身はありそうだ。
賞味期限を確認すると2か月程前の日付が印字されている。
開封済みだし、賞味期限切れの食べ物を放置しておくのもどうかと思って、中身を確認してみることにした。
蓋を開けると、形の崩れたクッキーの残骸?らしきものがギッシリと詰まっている。
「なんだこれは…」
鳩や鯉の餌にでもするつもりなのだろうか?首を傾げているところに
「ただいまです。」
野分が帰ってきた。
「お帰り。野分、これって…」
「あ…あーーーっ!何勝手に開けてるんですか〜!!」
野分はいきなり叫び声を上げると、冷や汗をかきながら居たたまれなさそうにガクリと頭を垂れた。
どうやら俺が見てはいけないものだったらしい。
「すまん。賞味期限切れてるみたいだったから開けてみたんだが…これはなんだ?」
「クッキーです。失敗作の…」
失敗作?それで恥ずかしくて俺に見られたくなかったのか。
「お前にしては珍しいな。」
「今月末に草間園でハロウィンパーティーがあるんです。俺、休みが少ないので早めに準備を進めてるんですけど、クッキー作りで躓いてしまって。」
「前に簡単そうに作ってたじゃねーか。どうしたんだよ?」
賞味期限が切れかけた小麦粉を消費するのにクッキーを焼いてくれたことがあるのだが、手際も良かったし、しっとりしていて美味しかった。
「普通のクッキーならできるんですけど、子供達からジャックオーランタンの形のクッキーをリクエストされていまして、アレルギーで小麦粉がダメな子もいるので米粉やおからを使って作ってみたんですけど、薄くのばすと崩れやすくて形が上手くできないんです。予算的に市販の物を買うのは厳しくて、試作しているんですけど失敗ばかりです。」
「あー、そういうわけか。」
「味は美味しくできてるんですけど、こんな見た目なので人様に出すのは恥ずかしくて、こうやって空き缶に入れて一人の時に少しずつ消化してるんですよ。」
そう言えば、弁当を作ってくれる時も形が良くできたおかずを選んで俺の方に詰めてたっけ。
「一口食べてもいいか?」
「えっ!?ダメですよ。崩れてる上にしけりかけてるんです。ヒロさんのお口に入れるわけには…」
慌てて止めようとする野分を無視して
「いただきます。」
大きめの欠片を口に入れた。
「ちょっとしけってるけど…美味いな。」
「ヒロさんっ///」
野分が恥ずかしがって慌てることなんて滅多にないからちょっと楽しい。
「牛乳かけたらシリアルみたいになるんじゃね?」
そう思って、早速やってみた。野分は、もうどうにでもしてください…状態でガックリしている。
「おっ、これ朝食にいいかも。」
牛乳で湿っているのでしけっていても気にならないし、少ない量でも満腹になりそうだ。それに原料が米粉やおからなら健康にも良さそうだし。
「項垂れてねーでお前も食べてみろよ。はい、あ〜んして。」
「あ〜ん」
野分が口を開けたのでスプーンで掬って入れてやると
「あ、いい感じですね。」
「だろ♪」
って、俺今何気にスゲー恥ずかしいことしなかったか!?
俺の方から『あ〜ん』とか///何やってんだ〜!!
身悶えしそうになったが、幸いなことに野分は気づいていないようだ。ギリギリセーフ…だな。
「明日の朝食これにしようぜ。俺も消化するの手伝いたいし。」
「そうですね。」
「あと、時間があったらでいいからもっと作って。今度は甘さ控えめで。」
「わかりました。ヒロさんのために愛情込めて作るのでまた『あ〜ん』って食べさせてください♪」
アウトだった〜///
「あのっ、ついでに形が崩れないようにするアイディアとか浮かびませんか?」
「俺にわかるわけないだろ。高橋にでも聞けば?」
料理の腕は少しずつ上がっていると思っているが、お菓子作りは専門外だ。
バレンタインチョコやパンケーキ作りに挑戦したことはあるけれど、何度も失敗して散々だったし。
「ああ、美咲君の存在を忘れてました。お菓子作り得意そうですね。だけど…」
「なんだよ?」
「美咲君にアドバイス貰いに行ってもいいですか?」
「別にいいけど。なんで俺の許可がいるんだよ?」
「ヒロさんが焼きもち妬いて嫌な気分になるのは嫌なんです。」
真顔でそういうこと言うか?
「バーカ!高橋如きに俺様が嫉妬するわけねーだろ!」
秋彦はイライラするかもしれないけど、俺は無い!多分…
「それより仮装はどうするんだ?もう用意したのか?」
クッキーの話はもうおしまい!とばかりに話題を反らした。
「今年は狼男にしました。あまり怖くない可愛い系の。」
「へー、お前ならよく似合いそうだな。俺も見てみたい。」
野分のイメージにピッタリ過ぎて笑ってしまいそうだ。
「ヒロさんも一緒に行きますか?日曜日でお休みですよね?」
「あー、月末は泊りがけで学会に行く予定なんだ。残念だけど今年はパス。」
地方の学会で開始時間が早いので土曜日から泊りがけで行くことになっている。帰宅できるのは日曜の深夜だ。
「そうなんですか。」
ガックリと肩を落とす野分を励ますように言葉を続ける。
「写真撮って送って。楽しみにしてる。」
「はいっ!」
元気な返事に安心した。俺の分まで楽しんで来てくれ。
「だけどすみません。31日に午後半休の希望を出しているので、土日に帰宅できる時間が減ってしまって、またヒロさんに寂しい思いをさせてしまいそうです。」
「謝らんでいい。俺も土日に泊まりで学会に行くわけだし、会えないのはお互い様だろ。」
「ヒロさん…」
「会える時間が少ない分、こうして会ってる時に…はっ!!えーっと…」
危ねー!!とてつもなく恥ずかしい発言をするところだった〜///
「えっと…だな…」
パニクった頭で次の言葉を探していると
「会っている時にイチャイチャしましょう♪」
満面の笑顔で抱きしめられてしまった。やっぱり恥ずかしいセリフは野分の専売特許だな。
「ヒロさん、ちょっと早いですけどいたずらしてもいいですか?」
「早すぎだろ!」
「ヒロさん。」
耳元で名前を囁かれて甘ったるい気分になってしまう。
「そう…だな。お菓子用意してねーし…お前にされるなら嫌ではない…」
「では早速お風呂に♪」
「風呂!?ちょっ…待て!!」
何度も一緒に入ってるけど、風呂だけはどうしても慣れない。心の準備が…
拒もうとする俺の手をかわしながら、手際よく服を脱がせていく野分。
「お菓子の代わりにヒロさんをいただきます!」
「恥ずかしいことばっか言ってんじゃねーよ///変態!!」
「今年の俺は狼男なので♪ヒロさんも見てみたいって言ってたでしょ?」
「そういう意味じゃねー!!」
バカだ…と呆れながらも期待してしまっている自分がいて…
会えない時の分まで野分のぬくもりが欲しいと思ってしまう自分もきっと…相当な野分バカだ。