純情エゴイスト〜のわヒロ編〜
□負けず嫌い
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今日は救急車で運ばれてくる患者も少なく平和な一日だった。シフト通り午前中で仕事を終えて、家路についた。
晩飯の食材を買って帰ろうと思ってヒロさんに何が食べたいかメールで聞いてみたら、今日は食べて帰るからいらないという返事が来た。
久々に一緒にご飯を食べられると思ったのに残念だ。でも、ヒロさんが忙しいなら仕方がないな。
スーパーで適当に食材を買って、マンションに帰った。
仮眠を取った後で、一人分の晩飯と、ヒロさんがいつでも食べられるように作り置きのおかずを作った。
晩飯を食べ終えて、テレビを見ながらヒロさんの帰りを待つ。ヒロさん、早く帰って来ないかな…
ヒロさんのいないリビングはなんとなく寂しい。俺はヒロさんの部屋に行って毛布を借りてきた。
ヒロさんの匂いがしみ込んだ毛布に包まっているとちょっとだけ幸せな気分になれる。
10時を過ぎてもヒロさんは帰って来なくて、俺はいつの間にかウトウトと眠りに落ちていった。
シャツシャと何かを擦るような音がして、目を覚ました。ぼんやりと目を開けると、目の前に何かある…
なんだろう?長くて竹でできてて…え?竹刀!?
ビックリして飛び起きると、ヒロさんの声が響いた。
「わっ…ビックリした〜。いきなり飛び起きるんじゃねーよ!」
ビックリしたのはこっちです…
「ヒロ…さん?お帰りなさい。」
「ただいま。お前、眠いんなら寝室で寝ろよ。こんなところで寝てると風邪ひくぞ。」
「今ので目が覚めちゃいました。もう眠くないです。ヒロさんこそ、こんな時間に何してるんですか?」
時刻は11時を過ぎている。ヒロさんは、床に座って剣道の道具の手入れをしているようだ。なんで剣道?
不思議に思いつつも、剣道の道具を間近で見るのは初めてだから、好奇心で胸が躍る。
ヒロさんの作業を興味深げに見ていると、ヒロさんは竹刀にヤスリをかけながら話してくれた。
「今度、剣道の試合をすることになって、今週から道場に通ってるんだ。今日も稽古しててこんな時間になっちまった。」
「試合ですか?なんで突然そんなことになっちゃったんですか?」
「秋彦に頼まれたんだ。断わろうと思ったんだが、俺が欲しかった本をくれるっていうから仕方なくだな…」
竹刀を持つ手が微かに強張っている。
宇佐見さんのことを話す時、ヒロさんは俺に気を使って少しだけ遠慮がちになる。
「大丈夫ですよ。気にしてませんから。対戦相手は誰なんですか?」
「うちの学生。剣道部のやつらしいんだけど、俺もよく知らないんだ。」
「俺、ヒロさんが試合してるところ見たいです!」
「ダメだ!どっちみち、お前仕事で来られないだろ。」
「試合、いつなんですか?」
「来週の日曜日。」
日曜日は…ダメだ〜仕事が入ってる。インフルエンザが流行る時期だから休みも取りにくい。
残念…
だけど、見に行きたいなぁ…
「ヒロさん、剣道するのってその日だけなんですか?」
「日曜日まで毎日練習するつもりだけど、見に来るんじゃねーぞ!」
「え〜!何でですか?」
「お前に見られてると思うと…集中できねーから///」
ほんのりと頬を赤らめるヒロさんがかわいくて、後ろから抱きしめたら何か固いものが飛んできたので慌てて避けた。
何だこれ?飛んできたものを手にとって見ると、それは手で…
「わっ!!ヒロさん!手が…」
ヒロさんを見るとキョトンとした顔をしている…手は…よかった〜ちゃんとついてる。
「悪い、お前が急に抱きついてくるからつい投げちまった。それ、返して。」
ヒロさんに渡すと、形を整えて紐を調整しはじめた。
「それ、手にはめるやつですか?」
「そう、小手っていうんだ。防具はちゃんと乾かして手入れしとかねーとすぐにダメになるからな。よし、出来た。ちょっと風呂入ってくる。」
そう言って立ちあがろうとしたので、ヒロさんの腕を思わず掴んでしまった。
よろけて俺の方に倒れそうになったヒロさんを慌てて支える。
「いきなり何すんだ!」
「すみません。あの…お風呂入る前に、剣道着着てもらえませんか?」
「は?」
「練習もダメなら、せめて剣道着姿のヒロさんが見たいです。」
俺がじーっと見つめると、ヒロさんは目を反らしてしまった。少し考えてから、諦めたように
「しょうがねーなー。着替えてくるから…ちょっと待ってろ。」
と言ってくれた。
「はい!」
ヒロさんは剣道着と袴を持って自分の部屋に行ってしまった。
ヒロさんは何を着ても似合うけど、剣道着はやっぱり特別な気がする。写真撮りたいって言ったら怒られるかなぁ…
そう言えば、ヒロさん剣道やるのって何年ぶりなんだろう?
小学生の頃の写真では見たことがあるけど、俺と出会ったころにはもうやってなかったんだよね。
そんなことを考えながら待っていると、ヒロさんが戻ってきた。
「着てきたぞ。これでいいか?」
紺色の胴衣と袴を着なれた感じで身にまとっている。白い肌に紺色の胴衣が映えて、すごくよく似合う。
ヒロさんが日本人でよかった〜と心から思ってしまった。
ヒロさんに見とれて声も出せずにいると、ヒロさんは照れ臭くなったのか、壁に立てかけてあった竹刀を手にとって振り始めた。
背筋をぴんと伸ばして素振りをするヒロさん。とっても綺麗だ…
「ヒロさん、写真撮ってもいいですか?」
「そんなの撮ってどうするんだよ?」
竹刀を振るのを止めてヒロさんは俺の方を向いた。
「手帳に挟んで持ち歩きます!」
「却下!もういいだろ?風呂、入ってくる。」
はぁ…写真、撮りたかったなぁ…断られるのはわかってたけど、残念だ。
ヒロさんの後にさりげなく続いて脱衣所に行くと、思いっきり睨まれた。
「一人で入るから、入ってくんじゃねーぞ!」
そう言って、バタンと扉を閉めてしまった。
「ヒロさん、剣道着脱がすお手伝いさせてください。俺も一緒に入りたいです。」
扉を叩いてみたけれど、開く気配はない。
いつもなら、嫌だといいながらも俺に身を預けてくれるのに…疲れているだけ?それとも、俺が何か気に障ることでもしたのだろうか…
仕方がないのでリビングに戻ると、乾かしている防具が目についた。どれも使い込まれているけど、丁寧に手入れされているみたいだ。
勝手に触ると怒られそうなので、見てるだけ。
剣道の防具って重そうだな…こんなの身に付けて素早く動けるなんて凄いな。