純情エゴイスト〜のわヒロ編〜

□恋人は研修医
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大学の門を抜けたところで携帯が鳴った。画面を見ると野分からの着信だ。

いつもはメールなのに急用だろうか?不思議に思いながら電話にでた。

「はい。」

『ヒロさんですか?まだお仕事中ですか?』

「今終わったとこ。何か用か?」

『お疲れ様です。俺も仕事終わって今駅に向かってるんですけど、久々に外食でもしませんか?』

野分の言葉に一瞬耳を疑った。

野分とはもう1週間顔を合わせていない。会えるだけでも嬉しいのに、外食なんて何ヶ月ぶりだろう…

「たまには外食も悪くないな。駅に着いたら連絡する。」

『はい。待ってます♪』

「やけに嬉しそうだな…」

『ヒロさんに会えると思うと嬉しくて。それに今日は俺がヒロさんを待ってますから。』

「待たされるのが嬉しいのかよ。」

『はい♪でも、早く来てくださいね。』

「わかった。すぐ行くから待ってろ。」

電話を切ると、なんだかドキドキしてきた。一緒に暮らしているのに、野分と待ち合わせをすると未だにドキドキしてしまう。

先週の日曜日、野分の仕事が昼までだというので一緒に買い物に行く約束をした。

病院近くの公園で野分を待っていたのだが、急患が入ったらしくメールを入れても返信がなかった。

結局、返信が来たのは夕方5時頃で、まだ帰れそうにないという内容だった。

今日食事に誘ってくれたのはその時の埋め合わせのつもりなのかもしれない。

野分は小児救急志望の研修医。プライベートな時間なんてあってないようなものだ。

それが分かっているから、約束がダメになっても文句は言わない。

俺は野分がプライドを持って仕事をしている姿が好きだから、そのために俺との時間が少なくなるのは仕方が無いと思っている。

だけど…本音を言うと野分に会いたくてたまらない。

せっかく一緒に住んでいるのだからもっと一緒に過ごしたい。

早く野分に会いたい。逸る気持ちを抑えながら、駅への道を急いだ。



電車を降りると急いで改札口に向かった。改札が見えたところで足を止めて息を整える。急いで走ってきたのを野分に悟られないようにしなくては。

ゆっくりと歩いて改札を出ると、柱の前に野分が立っているのが見えた。

こういうとき、野分は背が高いからすぐに見つけられる。

こちらを見ながら手を振っている野分の右手には携帯電話が握られていた。

電話の相手は多分、病院だろう…

「悪い。待たせたか?」

「俺も今着いたところです。ヒロさん、何食べたいですか?」

「今の電話、病院からじゃないのか?」

「いえ、大学からの連絡事項です。大した要件じゃないので気にしないでください。」

「そうなのか…」

「それよりヒロさん、いつものファミレスの近くに新しいラーメン屋ができたんですけど、行ってみませんか?俺、味噌ラーメンと醤油ラーメンととんこつラーメンとチャーハンが食べたいです。」

「いいけど…お前、そんなに食えるのかよ…」

「さすがに一人じゃ無理なんで、半分こしましょう。」

「半分こって…おい。」

「ダメ…ですか?」

まただ…いつものしょぼくれた顔。真っ黒な目でじーっと見つめられると嫌だと言えなくなってしまう。

「仕方ねーな。わかったよ。」

野分が俺の手を取ろうとしたので、慌てて振り払う。

「駅前でそういうことするんじゃねーよ。」

「ごめんなさい。でも、ヒロさんに触れたくて。」

野分は少し残念そうに、微笑んでみせた。

俺も、野分に触れたいけど…誰かに見られたらと思うと躊躇してしまう。

それにしても、今日の野分はなんだか様子がおかしい。いつもと変わらないようにも見えるけれど、なんとなく違和感があるのは気のせいだろうか?

ラーメン屋に向かって歩いていると、野分の携帯が鳴った。でも、野分は真っすぐ前を見つめたまま電話に出ようとしない。

「野分、電話。鳴ってるぞ。」

「あ…はい、ちょっと疲れててぼーっとてました。」

いつもよりも若干ゆっくりと電話に出る。こいつもしかして…

「はい、草間です。あ…切れちゃいました。」

野分は困ったように笑ってポケットに携帯を戻した。

「病院からだろ?急患じゃねーのかよ。」

「はい…でも…」

なんか…ムカついてきた。まだ一人前の医者にもなってねーくせに、俺に気を使ってんじゃねーよ。

「野分!テメー、ちゃんと仕事しろよ!」

「ヒロさん…」

「飯はまた今度でいいから、早く病院に戻れ!」

「ごめんなさい。病院に戻ります。」

野分はまだ何か言いたそうな顔をしていたけれど、申し訳なさそうに俺から目を反らして、小走りで駅に向かって戻っていった。

俺は去っていく野分の背中を見送りながら心の中で(頑張れよ…)と呟いた。
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