純情エゴイスト〜のわヒロ編〜
□教えて☆上條先生
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Side 弘樹
1限目の講義を終えて教室を出ると、いつになくわくわくした気分になった。
この後は5限目まで講義がなく、宮城教授も出張でいない。それに、昨日古本屋で手に入れたばかりの希少本が待っている。
久しぶりにじっくりと研究に取り組めそうだ。
足取りも軽く研究室に向かっていると、扉の前に見おぼえのある男子学生が立っているのが見えた。
緊張のためかノックするのを躊躇しているようだ。
「おい、何か用か?」後ろから声をかけると
「ギャー!!」と悲鳴を上げて、後ずさりし始めた。よほど俺のことが怖いらしい。
「か…上條先生…レポート持ってまいりましたです」
そいつは涙目で俺の顔を見上げながら震える手でレポートを差し出した。
「日本語は正しく使え!」
「は…はい!!ごめんなさい。」
「レポート、見てやるから中に入れ。」
早く研究を始めたいのだが、学生の指導も仕事のうちだ。レポートを受け取るとその学生と一緒に部屋に入った。
「高橋美咲…あー、前期試験5点だったやつか…」
「…はい。すみません。」
こいつは前期試験で回答欄を間違えるという超古典的なミスを犯した問題児だ。
追試試験もギリギリの成績だったから、追加で課題を出していたんだっけ…って今頃提出かよ!
少しイライラしながらもレポートに目を通す。
あれ?こいつにしてはよく書けてるかも…んーこれって…
「高橋、このレポートお前が一人で書いたのか?」
「はい。でも、一人ではわからない所も多くて大家さんに色々アドバイスしてもらいました。」
「そうなのか…可をやってもいいが、これで文学を理解できたと思うなよ!」
「はい…」
「じゃあ、帰っていいぞ。」
これでゆっくり研究ができる♪
…ん?なんでこいつ帰んねーんだ?
高橋はビクビクしながらも、まだ何か聞きたそうにしている。しばらく沈黙した後、意を決したように話しはじめた。
「あの〜上條先生ってウサ…宇佐見さんと幼馴染なんですよね?」
「そうだけど、お前、何でそんなこと知ってんだ?」
「えっと俺、今、宇佐見さんの家に居候してるんです。」
「居候って…秋彦の同居人ってお前だったのか。」
ちんまりしていたのは覚えているのだが、まさかこいつだったとは…
そうか、さっきのレポートも秋彦に見てもらったんだな。どうりで思考回路が秋彦っぽいわけだ。
「上條先生、宇佐見さんとどういうご関係なんですか?」
「は!?」
今の台詞、一瞬野分かと思った。どういう関係って…
「幼馴染だけど。」
「でも、宇佐見さんがただならぬ仲だって…」
高橋が不安そうな目で見つめてくる。秋彦のやつ何話てんだ〜
「お前が心配しているような関係じゃねーから心配するな。それに、俺は秋彦がお前に出会えて良かったって思ってるから。」
俺の言葉に安心したのか、高橋の目から不安の色が消えた。同時に、少し顔を赤らめて気まずそうにしている。
高橋に帰るように言おうとしたとき、いきなり扉が開いて誰かが入ってきた。
「ドアはノックしてから入れ!」
注意したとたんに後ろから思い切り抱きつかれてしまった。
「え!?何?宮城教授?」
慌てて振り向くと、俺の肩にしがみついていたのは学部長の息子兼宮城教授の恋人の高槻君だった。高橋もこの状況に驚いて固まっている。
「高槻君?宮城教授は出張中だけど…」
「知ってる!」
知っているといいながらギュウギュウ抱きしめてくる。
「鬼の上條に…抱きついてる…」
茫然としている高橋に気付いて、高槻君は俺から手を離した。
「誰?お前の恋人か?」何故か俺を睨みつける高槻君。
「違う〜!ここの学生だ!」
「何この状況?恋人って?」
高橋も動揺しているようだ。ここは大人の俺が状況を整理しなければ…
「えっと、こっちが俺の教え子の高橋で、こっちが学部長の息子の高槻君。高橋はレポートを提出しに来ただけで、高槻君は宮城教授に用があってここにきた。」
二人に説明するように話すと、高槻君が少し怒ったように反論した。
「宮城じゃなくて、今日はあんたに用があってきたんだ。」
「俺に用?」
「いつも宮城があんたに抱きついてるから、俺も抱きついてみれば宮城の気持ちがわかるかと思って…」
「はぁ…それで、抱きついて何かわかったのか?」
「なんだか、すごく気持ち良かった ///」
気持ち良かったって…宮城教授は俺への嫌がらせで抱きついてるだけじゃないのか?
俺と高槻君のやり取りを見ていて緊張がほぐれたのか高橋も会話に加わってきた。
「そう言えば、上條先生っていつもいい香りがしますよね?」
「そうか?別に何も付けてねーけど。」
おいおい…いい加減、二人とも帰ってほしいのだが。こんな時に限って宮城教授はいないし…
頭を抱える俺に、高槻君からとんでもない質問が飛んできた。
「宮城にベタベタしてもらうための秘訣とか教えて欲しいんだけど。」
「俺もウサギさんのこと教えて欲しいです!」
高橋まで…
「ちょっと待て!俺は、文学に関する質問以外受け付けねーから、お前達もう帰れ!!」
無理やり二人を部屋から押し出して、扉をバタンと閉めた。
最近のガキは〜秋彦も宮城教授もどういう教育してんだ〜
気を取り直して研究を始めようと本を開いた時、今度は携帯が鳴った。
『今日は早く帰れます。晩飯用意して待ってます。』
野分からのメールに、イライラした気持ちが一気に穏やかになった。
俺が好きなのは野分だけなのに…勝手に誤解してんじゃねーよ。そんなことを考えながら、野分への返信メールを打った。
『俺も早めに帰る。風呂も沸かしとけ』
送信ボタンを押した後で恥ずかしくなって少しだけ後悔したけれど…たまにはいいよな?