純情エゴイスト〜のわヒロ編〜

□月の夜には
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論文を書いていた手を止め、ふと窓の外を見るともう薄暗くなっている。

時刻はまだ5時を少し過ぎたばかり、『秋の日は釣瓶落とし』と言うけれど日が落ちる時間が随分早くなってきた。

少し休憩しようと席を立ち、コーヒーを淹れていると、

「弘樹、俺の分も」

「秋彦!?お前いつ来たんだ?」

いつの間にやらソファーで秋彦が本を読んでいた。

「1時間ほど前からいるんだが…お前、論文に夢中だったから。」

「悪りぃ…気付かなかった。」謝りながらコーヒーを差し出す。

「借りていた本、本棚に戻しといた。ついでに俺の新刊も並べておいたから。」

「え?」本棚に目をやるとピンクの背表紙の本が並んでいる。

「秋彦、テメー!!いい加減にしねーと本当に名誉棄損で訴えるぞ!!」

「お前の惚気話を読みたい読者が大勢いるんだ。いいじゃないか、減るもんじゃあるまいし。」

学生や宮城教授に見つかるとヤバいので急いで本棚から取り出すと、パラパラと中身を確認する。
(いつの間にこんなことまで話したんだ…俺…)記憶に無いと言うのは恐ろしい。グルグルしていると

「これ、同居人が作ったんだが二人では食べきれないからお前にやる。」

秋彦から白い箱を渡された。開けてみると、白と黄色の丸いものが綺麗に並んでいる。

「なに?団子?」

「今夜は十五夜だろ?」

「ああ、もうそんな時期か…」窓を開けて空を見上げると雲の合間から、満月が優しい光を放っている。

「綺麗だな…」突然背後から声がしたので、少しビクッとなってしまった。

「月が綺麗だな」今度は耳元で囁かれた。

あわてて振り返ると、いつの間にか俺のすぐ後ろに立っていた秋彦と目があった。

(何だ…この雰囲気)ドキドキして固まっている俺を見て、秋彦は堪えかねたように噴出した…

「お前、無防備すぎ。草間君が心配するのも分かるな。」無邪気に笑う秋彦に、緊張感が一気に緩んだ。

「何なんだよ!冗談キツイぞ。」

「悪い。でも、冗談で言った訳じゃないから…コーヒー、ごちそうさま。」そう言い残して、秋彦は研究室を後にした。

(何だったんだ?)一瞬茫然としてしまったが、

手元に残された月見団子を見て慌ててドアを開ける。廊下を曲がろうとしている秋彦に「団子、ありがとな。」と叫ぶと、秋彦も背を向けたまま手を振り返した。
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