☆彡パロディの世界
□人間になりたがった犬
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俺の名前は野分。真っ黒で艶々の毛並みと引き締まった身体が自慢のラブラドールレトリバーだ。
ここは都内某所にある介助犬の訓練所。介助犬というのは身体が不自由な人の手助けをする犬のことだ。
俺の夢はお父さんのような立派な犬になること。
お父さんには会ったことないけど、小さいころから俺の訓練をしてくれている夕子お姉さんが時々話してくれる。お父さんは立派な盲導犬だったって。
俺も盲導犬になれれば良かったんだけど、小さいころの俺はとってもやんちゃで盲導犬には向いていないと判断されてしまったらしい。
人が来ると嬉しくて台風のようにグルグルと走り回る癖があったようで、名前まで『野分』になってしまった。
夕子お姉さんの訓練のお陰で今は落ち着いて行動できるようになったけど、お父さんにはまだまだ敵いそうもない。今日も訓練頑張るぞ!
いつものように部屋で夕子お姉さんを待っていると、ドアが開いてお姉さんが入ってきた。
嬉しくて飛びつきたくなるのを必死に堪える。
「おはよう。」
「ワン!!」(おはようございます!!)
あれ?お姉さんと一緒に見慣れない男の人が入ってきた。
茶色のサラサラの毛並み、色素の薄い目の色もとっても綺麗だ。それに良い香り♪
クンクンと匂いを嗅いでいると、その人は優しく頭を撫でてくれた。
「はじめまして。俺は上條弘樹。今日からお前のトレーニングを担当することになった。よろしくな!」
へっ!?今、何て?
「野分、ごめんなさい。最後まで担当してあげたかったんだけど、私ね…もうすぐお嫁さんになるの。」
えっ…お嫁…さん…?
「それで、彼の住む街に引っ越すことになって、向こうの訓練所で働くことになったの。」
お姉さんは俺の身体を撫でながらゆっくりと言い聞かせるように話してくれた。
どうやらお姉さんは今月いっぱいでここを辞めてしまうらしい。今日からは引継ぎというのをしながら、こっちのお兄さんが俺の訓練をしてくれるみたいだ。
「クーン…ク〜ン…」
夕子お姉さんと離れるのが悲しくて弱々しい声が漏れてしまう。
一人前の介助犬になったら訓練士のお姉さんとお別れになることはわかっていた。だから、ある程度の覚悟はできていたつもりだけど、こんなに突然お別れの時がくるなんて思いもしなかった。
「ごめんね。野分…」
お姉さんも目に涙を浮かべていてとっても寂しそうだ。夕子お姉さん、泣かないで。
ペロッと舌で涙を拭ってあげると、お姉さんは一生懸命笑顔を作って微笑んでくれた。
今すぐにお別れってわけじゃないんだ。残された時間、訓練を頑張ろう。お姉さんが安心してお嫁さんになれるように…
新しい訓練士さんとはすぐに仲良しになった。親しみを込めて俺は勝手に『ヒロさん』と呼んでいる。
トレーニング中はとっても厳しくて、怒鳴られることもあるけど、俺を立派な介助犬にしようと親身になってくれているのが伝わってくる。
夕子お姉さんはヒロさんの先輩にあたるらしい。ヒロさんは夕子お姉さんから俺の癖とか得意なことや苦手なこととかを聞きながら真剣に今後のトレーニングメニューを考えてくれている。
会話の内容は俺には難しくてよくわからないけど、二人が俺のことを思ってくれていて嬉しくなる。
だけど何でだろう?二人が仲良くしているのを見ていると時々イライラしてしまう。
俺は二人が大好きなのにどうしてこんな気持ちになるんだろう?
一日のトレーニングが終ると、ヒロさんはグルーミングをしながら色々な話を聞かせてくれる。
盲導犬だったお父さんの話、介助犬の先輩の話、夕子お姉さんの話…
俺がやる気になるような話をたくさんして、励ましてくれる。ヒロさんは優しい…
夕子お姉さんとの別れは辛いけれど、俺はヒロさんに出会えたことを神様に感謝している。
なんでだかわからないけど…ヒロさんといると嬉しくてドキドキしてキュンキュンして、ちょっぴり切なくて、とっても幸せな気持ちになれるんだ。
それは今まで感じたことのない感情。ヒロさんといる時だけ感じる不思議な気持ち。