☆彡ミニマムへの扉
□タクトとピアノと台風と…
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Side秋彦
「ヒロさんは俺がもらいます」そう言って俺の前から弘樹を連れ去った台風…
(あ…あの時の…)
彼の顔には見おぼえがあった。
忘れていた記憶がフラッシュバックする。それは、10年前のこんな季節…
Side弘樹
「あ!また間違えた」
俺は今、ピアノに向かって猛練習をしている。隣には楽譜をチェックしながらタクトを振う秋彦。
どうしてこんな状況になっているのか?それは3日前の出来事…
俺と秋彦がいつものように図書室で本を読んでいると、突然クラスの女子数人に囲まれてしまった。
「上條って確かピアノならってるよね?」
「え?いきなり何だよ」
突然の質問に、嫌な予感を感じながら読んでいた本から視線をあげる。
「日曜日に地域の合唱コンクールがあるんだけど、ピアノを弾く予定だった子がインフルエンザになっちゃって、代わりに弾いてほしいんだけど」
「合唱コンクール?」
「私達、合唱部なの。半年前からコンクールに向けて練習してきたのに、急にこんなことになっちゃって」
そういえば、彼女は合唱部の副部長だった。放課後、遅くまで音楽室から合唱の練習が聴こえてたっけ…
でも、今日は木曜日、日曜日まで4日しかない。練習できるのは今日を入れても3日間。ピアノが弾けると言っても3日で仕上げるのには無理がある。
気の毒だが断ろうとしたとき
「宇佐見くんにも、指揮をお願いしたいんだけど、ダメかなぁ?」
(え…秋彦も?)
「練習の時は6年生の先輩が指揮をしているんだけど、今年で最後だからやっぱり歌いたくなっちゃったみたいなの。宇佐見君になら任せても大丈夫だと思うんだけど」
こういうとき、秋彦は絶対に嫌とは言わない。こいつは優しいからいつも自分よりも周りを優先する。
「別にいいけど」
(…やっぱり)
「上條は?」
「俺は…」
ちらっと秋彦の方を見ると、秋彦もこっちを見つめている。
「やればいいんだろ…」
(断れなくなってしまった…)
引き受けてしまった以上は俺なりに最高の演奏をしようと覚悟を決めた。
本番でミスるとか、プライドが許さない。
と言う訳で、たくさんの習い事の合間の希少な読書時間を割いての猛練習が始まったのだ。
秋彦の方は習い事が無い分、時間に余裕もあり、猛練習をする程でもなかったのだか、俺に付き合って一緒に練習してくれている。
元はと言えばこいつが原因で引き受ける羽目になったのだから、当然と言えなくもないのだが、秋彦と2人でいるとピアノの練習もあまり苦でなくなるのは気のせいだろうか?
3日間の猛練習の甲斐があって、合唱コンクールは無事成功し、合唱部は銀賞を貰った。
俺としてはせっかくなら金賞を取りたかったのだか、にわか仕込みの指揮と伴奏で金賞を狙うのは厚かましいよな…と思いなおした。
が…秋彦は何故か『最優秀指揮者賞』なるものを受賞した。伴奏者が対象の賞はないものの、少し悔しい。