純情エゴイスト〜のわヒロ編7〜

□頑張れ♪草間先生
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俺は今、突如として開催されることになった宮本教授主催の勉強会に参加している。

宮本教授はK医科大学史上最年少で教授に就任した腕利きの小児外科医で、大学付属の小児ガンセンターに勤務しているのだが、今月から小児救急でも指導をしてもらえることになった。

医学部の先輩から噂は聞いていたけれど、俺の在学中はデトロイトの病院に行っていたから教えてもらうのは今回が初めてだ。

勉強会のテーマは『小児医療における外科系救急』。急性腹症の実例を元に注意点や検査方法等の説明が行われている。

狭い会議室には小児科の研修医はもちろん、手の空いている先輩医師達も大勢集まっている。

教授はヒロさんと同じタイプの指導方針らしく…ちょっとでも気を抜くと分厚い医学書が飛んでくるから皆真剣だ。

細身だけど筋肉質で、常に背筋をしゃんと伸ばしているから長身に見える。スポーツマンっぽい短めの黒髪に、仕事中だけかける眼鏡姿がカッコいいと看護師さん達の間では噂の的だ。

厳しいけれど説明は丁寧でわかりやすい。指導を受けているとヒロさんに家庭教師をしてもらっていた頃を思い出す。

だけど…どうして今なんですか〜!!

こうやって指導してもらえるのはありがたいのだけれど、臨床現場には患者さんがいるわけで、勉強会の日時は患者さんの状況によって変動する。

時刻は午後8時。そろそろヒロさんが着替えを持ってきてくれる時間なのに…

教授の話に集中しようと努力はしているものの、ヒロさんが待っているかもしれないと思うとウズウズしてしまう。こうしている間にも津森先輩の魔の手がヒロさんに忍び寄っているかもしれない。ヒロさん…

「そこのデカいヤツ!時計ばっか見てんじゃねーよ!!」

ひゃっ!!

飛んできた医学書を反射的に避けると…

「うっ…ううっ…」

後ろからヒクヒクと泣くのを堪えるような声が聞こえてきて、振り向くと、そこにいたのは後輩の女の子だった。

両手で顔を覆ってボロボロと零れ落ちる涙を必死に拭っている。

「わわっ!ご…ごめんなさいっ!!俺の所為で…」

医学書が顔面を直撃したらしい。

「ったく、後ろにも人いるのに避けるなよ。」

俺の頭に拳骨を落として

「大丈夫か?」

教授はちょっと申し訳なさそうに女の子に声をかけている。

「そろそろ終わりにするから、お前、責任持って手当してやれよ!!」

「はい…」

日頃のヒロさんとの攻防戦で高められた防御力が裏目にでるとは思わなかった。よりによって女の子の顔に…




処置室で一応手当はしたけど

「ごめんね。ほんと、ごめん!」

頬が赤くなってちょっとだけ腫れていた。おまけに俺が彼女の名前を覚えていないことが判明して…

彼女はさっきから女子トイレに籠ってシクシクと泣いている。

入り口の前で謝罪を繰り返しても一向に出てくる気配がない。困ったなぁ…

「野分!こんなとこで何やってんだ?上條さん待ってるぞ。」

「津森先輩…」

俺も泣きたい気分になってきた。

「なに?芽衣ちゃんまた泣いてんの?ったく、今度は何やらかしたんだよ。」

「彼女は悪くないんです。俺の所為で…」

事のいきさつを話すと、先輩はゲラゲラと笑い出した。

「お前、最悪〜!顔傷付けた上に名前覚えてないとか…くっ…アハハ…」

「笑い事じゃないです。」

「坂本芽衣。男はともかく女の子の名前はちゃんと覚えとけ!」

「はい。だけど不思議ですね、子供達の名前はすぐに覚えられるのになぁ…」

自己紹介をされた時、彼女の名前は右から左へするりとすり抜けていってしまったんだ。

「お前、興味のない人間に対しては冷めてるもんな。」

「あーっ…確かに。」

「おいおい、そこは否定しとけよ。」

そんな話をしているところに、坂本さんが出てきた。

「ご迷惑をおかけしてすみませんでした…」

半ベソをかきながら小さな声で謝っている。

「悪いのは俺の方だよ。痛い思いさせた上に、失礼なヤツでごめんなさい!」

深々と頭を下げると、坂本さんはちょっとだけ笑ってくれた。

「あれ、髪の毛のゴム取れかかってる。」

彼女の髪はギリギリ後ろで束ねられるくらいの長さで、今はゴムが緩んで短い髪がピョコピョコと飛び出してしまっている。

「じっとしてて。」

取れかけたゴムを外して結び直す。草間園で小さい妹達の髪を結ってあげていたからこういうのは得意だ。

「野分、上條さん…」

「わかってます。これが終ったらすぐに行きます。」

せめてものお詫びにこれくらいのことはさせてもらわないと。

「そうじゃなくて…」

「できた!」

綺麗に整った頭をポンポンと叩くと

「あのっ、ありがとうございます///」

坂本さんはお礼を言って早足で立ち去っていった。まだ顔赤かったけど大丈夫かなぁ?
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