純情エゴイスト〜のわヒロ編7〜

□Beginning of the year
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資料室で集めてきた資料をドサッと机に置いた。

宮城教授に余計な仕事を押し付けられる前に少しでも論文を書き進めておこうと思ったのだが…

時計を見上げると11時半を回っていて、今から始めてもすぐに昼休みになってしまう。

テストの採点でもするか。

パソコンを隅に追いやって、1限にやった現代文の確認テストを中央に置いた。

国文の必修科目で講義の難易度はやや高めだ。講義内容の理解度を確認するのが目的のテストなのだが、一問だけ自力で考えないと解けない問題も入れてみた。

今年の新入生の出来栄えはどうかな?ちょっとワクワクしながら答案用紙に目を通す。

う〜ん…講義はちゃんと聞いてるみたいだけど、最後の一問は空欄が多いな。

書いてあるヤツもいるけど、的外れな答えだったり、言葉不足で部分点だったり…

中には記号問題しか合っていない者や、名前を書き忘れているヤツなんかもいてうんざりしてしまう。

これは、例年以上にみっちりと教えてやらないとマズイかもしれない。

先月卒業していった学年が優秀だったからな…うっかり比べるようなこと言わねーように気をつけないと。

どんなに手がかかろうと、今受け持っている学生達にしっかりと文学を叩きこむのが俺の仕事だ。それにしても…

さっきのワクワク感はどこへやら。答案用紙にペケをつけるたびに溜息が洩れる。

ん…コイツ、字綺麗だな。源本光風…光風は春の日に爽やかに吹く風の意味。

顔を上げると折良く開いた窓から風が吹いてきた。暖かくて気持ちいい…小さく欠伸をして、採点を続ける。

端正な字ではっきりと書かれた回答欄は次々とマルで埋まっていき、最後の問題も…スゲー完璧じゃん!

良かった〜優秀なヤツもちゃんといた!

残りはあと3枚。頼むから良い気分のままで終わらせてくれ…

最後の答案に92点と書き込んで…終わった♪

ペンを置くと同時に昼休みを告げるチャイムが鳴って、宮城教授がやってきた。

「かみじょー、今日弁当?」

「はい。」

「じゃあ、一緒に食おうぜ。」

教授はにこにこしながらローテーブルにキャベツ料理の詰まった重箱を並べている。

この部屋の窓から見える桜の木が気に入っているらしいので、俺も教授に付き合って弁当を持参するようにしている。教授のは重箱だから花見気分のようだ。

とは言っても、もう葉桜だけどな。

花を散らす風は『花風』さっき吹いていたのは光風じゃなくて花風だったのかもしれない。

「上條?どうした?」

「いえ、桜も大分散ったな…と思って。」

「そうだな。花見も今週いっぱいで終わりかな。さっきも、木の芽風が吹いてたしな。」

「木の芽風…ですか。」

俳句好きの教授らしい。

風を表す呼び名だけでも軽く100種類を超えてしまう。やっぱり日本語は奥深い。

教授の向かい側に腰を下ろして弁当を広げる。米は自分で炊いて、おかずは野分の作り置き。それにトマトとレタスで彩を添えてみた。

「今日は…愛夫…いや、詰めただけ弁当だな♪」

「どうせ俺は詰めるだけですよ!」

パッと見、野分の手作りとさして変わらないのに、何でわかるんだろう?

「「いただきます!」」

教授はバリバリと音を鳴らしながらキャベツを頬張っている。

「それ春キャベツですよね…」

春キャベツは柔らかいはずなのだが、この音は何?

「ああ、昨夜、実家から送られて来た煎餅食べて美味い美味い言ってたら、忍が対抗意識燃やしちゃってさぁ。煎餅っぽくしてみたんだと。結構いけるぞ。一枚食ってみるか?」

「遠慮しときます。」

教授のために頑張って作った弁当なのだから、俺が貰ってしまうのも申し訳ない。腹壊したくないし。

「そう言えば、文学部の新入生の入試データチェックしたか?」

「してません。そういうの興味ないんで。」

入試の点数が良かろうと悪かろうと関係ないし、授業が始まる前から学生に甲乙をつけたくはない。だから、そういう情報は気にしないようにしているのだが…

「もしかして、平均点過去最悪とか…ですか?」

「いや、去年と同じくらいだけどどうして?」

「さっき採点したテストの結果があまり良くなかったので。」

「あはは…気づいてないみたいだけど、お前の作る問題、年々難しくなってきてるぞ。お前、どれだけ文学部のレベル上げるつもりなんだ。」

なんだ…それは気づかなかった。後で過去問と比べてみることにしよう。

「そうじゃなくてさ、国・英・社会と満点取ったのに数学と理科がボロボロでギリギリ合格のヤツ見つけたんだ。」

「へー、典型的な文系なんですね。」

「ああ、ここまで格差があるのも珍しいと思って。名前なんて言ったかな〜?光源氏っぽい名前だったような…」

「源本光風とか?」

「あっ!ソイツだ!どんなヤツだった?」

「すみません。まだ顔覚えてません。特に目立った学生はいなかったと思い…あっ、一人だけボケーっとしてるヤツがいました。」

口を半開きにしてぼんやりした顔をしていたけど、一応黒板の方を向いていたし、騒がしくしたわけでもないから注意はしなかった。名前書き忘れてたのもしかしてアイツか!?

「お前の授業でもボケっとしてられる大物がいるのか。」

「最初のうちは居眠りだのスマホいじりだの結構いますよ。3回目の講義以降もやってたのは経済学部の高橋くらいでしたけど。」

「ははは…物投げる時は怪我人ださないようにしてくれよ。」

そっか。テストの難易度同様、こっちもレベルアップしてるのかもしれない。野分を基準にしちゃダメだ。ちょっとは手加減しねーと。
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